突破力がやりがいのある仕事を引き寄せる:山本薫(後編)
アサヒビール 山本薫は異色の異動歴の中で、どのような経験を積み、どのように成長してきたのだろうか。さらに踏み込んできいてみよう。
自分の家の芝が青かったことに気づく!?
アサヒビールで働く中で、一社員として、または女性としてのやりにくさについて聞くと「思いあたらない」との答え。むしろ内閣府へ出向した時に、慣習にしばられ、仕事が思うように進まないことに苦労した。「出向するまでアサヒビールは堅い会社だと思っていましたが、意外と良い会社なんだな、と思いました(笑)」
内閣府で働くのは東京大学法学部出身といった学歴の高い人ばかり。臆せず、むしろ「わからないことは人に聞こう」と電話すると、「役職によって答える人が違うので役職を教えてください」と逆に聞かれて仰天した。課長補佐の山本の頭の中に浮かんだのは「知っている人が答えればいいんじゃないの?」という言葉。
また、民主党政権当時は、旧来の組織と異なり、普段はなかなか声がかからない大臣レクにも参加し、度々自ら説明する機会ももらった。3年間で様々な貴重な経験をした内閣府。山本以降、アサヒビールからの出向者は3人目という。
女性の活躍という点でいうと、アサヒビールでは女性が働きやすい環境整備が進められるとともに、活躍の場を広げるさまざまな取り組みがなされているが、アサヒビールに女性役員はまだいないし、所属長比率などもまだ低いといった現状だ。しかし社内で女性格差を感じることはないという。男性とばかり仕事をしてきたので、女性だけの職場や会議のほうが気を使いそうだと山本。むしろ、小さい子供を持つイクメン男性社員のほうが時間のやりくりが大変そうに見えるという。
ビッグデータのプロモーター
今、山本のてがけた仕事が注目を集めている。ビッグデータを活用した新製品の需要予測だ。機械学習を取り入れ、試験導入の段階で予測値と実績値のかい離はほぼ10%以内となっている。山本としてはまだ満足いくレベルのものではないが、今後会社としても力を入れていく分野であることは間違いない。
デジタル戦略を根付かせていくには、アサヒビールのような大きな企業にはまだ障壁が多い。けれども、世代にあわせたコミュニケーションをすることで、それを解決していくことが自分の役割でもあり、責任だと山本は認識している。今、会社で意思決定をしている世代は、デジタルに詳しいとは言えない。そうであれば、デジタルマーケティングやビッグデータの活用を翻訳して、理解を促し、前へ進む手順を踏んでいけばよい。
山本は、若いメンバーに新しい発想や技術的な部分を任せ、彼らが苦手とする発信の部分を担う。組織の中には、プロモート、キル、クリエイトする人がいる。何かを生み出す「クリエイター」というのは結構多いが、社内にはそれをつぶそうとするキラーも存在する。クリエイトされたものを認知させ、良い部分をつぶされないよう環境を整える、プロモーターの役割が大企業の中では特に重要である。面倒見のいい山本のような管理職がいると、新たな良い取り組みが実現に向かうのだ。
山本が仕事で大事にするのは「突破力」。どのように前に進めるかを考え貫く力だ。当たって砕けるのは若いうちだけ。経験を積んだ後は、無理を押し通すのではなく、相手を見てコミュニケーションの方法を変え、周囲を巻き込んで実現する突破力が必要だと語る。この力は、教えられるものではない。山本自身、課題を解決する場を上司から与えられ、成功も失敗も重ねてきたからこそ身につくものだと感じている。場数を経験することが肝心なのだ。
地位よりも権限
今後のキャリアについて聞くと「偉くならなくていいから、権限がほしいと周りにはいつも言っているんです」という山本。男性はどちらかというと地位や役職があれば、現場での仕事はなくてもかまわない人が多い。
これについて山本は、興味深いデジタルのキャンペーンの例をあげる。キャンペーン参加のお礼のプレゼントを企画していた際、男性は「周囲がうらやむ特別な優先チケット」に喜び、女性は自分のためだけの「サプライズ」のほうが嬉しいという話があった。自分自身も後者なので、その点では私も女性的ですね、と笑う。
では、役員でなければ手に入らない権限があるなら役員を目指すかとの問いには「いや、それはわかりません」と戸惑う場面も。社会心理学を学んできたこともあり、自分自身で何かを変化させ、同時に自分の周囲も変化・進化していくことにやりがいを感じる山本は、ビッグデータをもとに会社と社会に変化をもたらす取り組みに、今後も邁進していく。
しなやかさを備えているがゆえの強さ。それが山本のいう「突破力」なのだろう。常に現場に身を置いて新しいことに挑戦し、周囲を引き上げながら共に成長を続ける。そんな山本流のキャリアの築き方も魅力的だ。
(聞き手:藤元健太郎、文:小林利恵子)
Sho Sato
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