【人事の未来】2040年に向けた企業と個人の新しい関係性を探る―サイバーエージェント CHO 曽山哲人×藤元健太郎対談(前編)
テクノロジーの進化と働き方の多様化が進む中、企業における人材マネジメントのあり方は大きな転換期を迎えている。終身雇用からジョブ型雇用へのシフト、働く個人の価値観の変化、そして新技術や産業構造の変化に対応するための新たな人材育成・確保など、人事部門が直面する課題は多岐にわたる。
このような時代において、いち早く戦略的な人材マネジメントを実践してきたのが、サイバーエージェントだ。創業期から約24年にわたり同社の人事戦略を牽引してきたCHO(最高人事責任者)の曽山哲人氏に、これからの企業と個人の関係性、そして効果的な人材マネジメントについて話を聞いた。
サイバーエージェントの取り組みは、2040年に向けた新たな人事のあり方にどのようなヒントを提供するのか。前編では、人材戦略の基本的な考え方と具体的な施策について探る。

左:曽山 哲人(ゲスト)、右:藤元 健太郎(ホスト)
プロフィール
終身雇用から自律的キャリアへ:変わりゆく企業と個人の関係性
藤元 日本の雇用環境は大きな転換期を迎えています。従来の終身雇用制度から、特にスタートアップ企業を中心に人材の流動化が進む中、依然として多くの人々は会社主導でキャリアを設定する傾向にあります。「ジョブ型雇用」や「自律的キャリア形成」という言葉が注目される中、これからの展望についてお聞かせください。
曽山 自律的キャリアが求められる背景には、成長が停滞する企業の増加があります。若い世代との対話で印象的なのは、「自己成長」というキーワードの頻出です。GDPの伸び悩みなど、将来への不安感から、どの企業でもサバイバルできるよう、まずは守りを固めたいという発想が根底にあるように感じます。
藤元 意外にも保守的な考えが自律的キャリアの原動力になっているのですね。
曽山 その通りです。人気企業ランキングで大企業が上位を占めるのも、安定性や安心感を求める傾向の表れでしょう。ただし、入社後にスキル形成が思うように進まないと感じた30代、40代の転職も増加しています。企業側は年配層の退職促進や若手の生産性向上のために「自律型」を掲げる一方で、個人も自律の必要性を強く意識するようになってきています。

転職成功者の年代別割合
(画像:doda プレスリリース)
トップ人材のモチベーションは金銭報酬から感情報酬へ
曽山 また、日本全体のトップ人材の間で、興味深い価値観の変化が起きています。彼らは金銭的報酬ではなく感情的報酬を最も重視しているんです。人事用語で言えば、パーパスにも通じる部分です。経済成長が停滞する中、やりがいのある仕事や社会貢献が、自分の誇りとなる価値を生み出しています。
例えばサイバーエージェントでは、ABEMAを中心としたエンターテインメント事業を通じて「人々の心をワクワクさせ、停滞する社会を明るくしたい」という声が社員から多く聞かれます。この思いに呼応して、2021年には「日本の閉塞感を打破する」という企業パーパスを策定しました。このメッセージは反響を呼び、特に社会貢献への意識が高い学生や若手社員の共感を集めています。
藤元 組織のパーパスと個人のパーパスが重なり合うことで、初めて真のモチベーションが生まれるのだと思います。しかし、多くの日本企業では「世界平和への貢献」といった抽象度の高いパーパスを掲げがちです。サイバーエージェントの「閉塞感を打破する」というような、具体的なメッセージ性を持つパーパスこそが、本来あるべき姿なのではないでしょうか。
曽山 社員が自分の言葉で解釈できるビジョンやパーパスの方が、仕事への原動力になります。抽象的なパーパスも悪くはありませんが、現実との距離が遠すぎると、特に若い世代が自分との接点を見出し、自分事化するのに苦労してしまいます。自分の文脈で実現できると感じられる目標だからこそ、人は力を注げるのです。企業としても、学生や若手社員の視点に寄り添い、パーパスを具体化していく努力が重要だと考えています。

サイバーエージェントのパーパス
(画像:サイバーエージェント プレスリリース)
サイバーエージェントの人材マネジメント:社員の「やりたい」を活かす仕組み作り
藤元 これからの人材マネジメントでは、モチベーションを高めるために社員の興味関心を可視化・共有することも、より重要になるのではないかと考えています。サイバーエージェントでは、どのように興味関心を把握していますか。
曽山 当社では、社員のコンディション把握ツール「GEPPO」を通じて、社員の興味関心を定期的に収集しています。このシステムでは、過去のパフォーマンスと将来の希望を体系的に把握します。毎月の業績を「天気」で表現してもらうほか、年に1~2回、将来携わりたい仕事をキーワードで自由に記述してもらいます。
数千人から集まる「やりたい」データは、実際の人材配置に活用しています。新規事業立ち上げや部門強化の際、役員からの人材要請に対して、社内ヘッドハンター専門部署が候補者のリストアップを行います。その際、登録された興味関心のキーワードと、人事部門による適性評価の両面から検討を行い、役員に提案しています。
藤元 このような興味関心の情報は、社内でどの程度共有されているのでしょうか?
曽山 情報へのアクセスは厳格に管理されています。本人は自身の登録内容を確認できますが、それ以外では専任ヘッドハンター約5名と役員のみが閲覧可能です。上司を含め、人事部門の他のメンバーにも非公開としています。「必要なら隠せる」という安心感があるからこそ、社員は本音を書けるのです。
導入当初は懐疑的な反応もありましたが、実際の異動事例が増えるにつれ、「キャリアの可能性を広げるツール」として社員の間に定着してきました。
藤元 単なるデータ収集に留まらず、実践的な人材活用につなげている成果と言えますね。

サイバーエージェントの「GEPPO」を活用した人材配置の仕組み
(画像:サイバーエージェント プレスリリース)
スキル評価の可視化がもたらす雇用のパラダイムシフト
藤元: サイバーエージェントのような人材マネジメントの仕組みを、社会全体に展開していく上での展望をお聞かせください。例えば、スキルバッジのような可視化ツールが登場していますが、採用時のスキル評価や、既存の社内システムとのマッチングについて、どのようにお考えでしょうか。
曽山: エンジニアやクリエイターなどの専門職については、既にスキルのポータビリティ(可搬性)が高く、自己申告したスキルに基づく転職や副業の仕組みが確立されつつあります。しかし課題は、いわゆる総合職と呼ばれる職種です。日本企業においては、まだジョブ型雇用への移行が十分に進んでおらず、スキル評価の客観的な担保が難しい状況です。
技術系スキルのような明確な評価基準が存在しない分野においては、第三者評価のプラットフォームが今後重要な役割を果たすのではないでしょうか。例えば、ある人材の採用に際して、複数の評価者からのリファレンスが公式に表示され、技術面まで詳細な説明が付与されているような仕組みです。既にそうしたSNSも出現し始めていますが、信頼性の高い第三者評価システムが確立されれば、日本企業におけるジョブ型雇用とスキルベースの評価は一気に加速するでしょう。
このように、スキル評価の可視化と客観的な評価システムの構築は、これからの雇用システム改革における重要な鍵となるのではないでしょうか。

2050年に向けた採用・人材育成の未来仮説
(画像:プラスアルファ・コンサルティング「HR未来予測レポート 採用編」)
このように、個人と組織の関係性が大きく変化する中、人事部門の役割もまた、大きな転換点を迎えている。では、戦略的人事の本質とは何か。続く中編では、CHROに求められる役割と、データを活用した新しい人材マネジメントの形について掘り下げていく。
本記事の内容を動画で見たい方は以下よりご覧ください
■ 出演者プロフィール
曽山 哲人(ゲスト) 株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
上智大学文学部英文学科卒。高校時代はダンス甲子園で全国3位。 1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。 1999年に当時社員数20名程度だった株式会社サイバーエージェントに入社。 インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。 現在は常務執行役員CHOとして人事全般を統括。 「若手育成の教科書」「クリエイティブ人事」「強みを活かす」などを出版。 プロダンスDリーグの「サイバーエージェントレジット」のオーナーも務める。
藤元 健太郎(ホスト) FPRC 主席研究員 / D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。
プラスアルファ・コンサルティングの「HR未来共創研究所」では、バックキャスティング手法を用いて2050年のHR領域の未来像を描いています。2050年の採用・人材育成の未来像や、データ駆動型の採用、「キャスティング型」の人材調達などについてもっと詳しく知りたい方は、『HR未来予測レポート 採用編』をご覧ください。
資料は以下よりダウンロードいただけます。
■この資料でわかること
・2050年に向けた採用・人材育成の未来仮説
・採用業務の自動化と人事部門の役割変化
・AIマッチングによる採用プロセスの進化
・「キャスティング型」人材調達への転換
■ こんなお悩みにオススメ
・今後の採用戦略・人材戦略の方向性を検討したい
・人事DXの将来像について知見を得たい
・AIやテクノロジーの活用で採用をどう変革すべきか悩んでいる
