WAmazing加藤史子×藤元健太郎 対談 インバウンド富裕層が日本に求めているものとは

富裕層×インバウンドをテーマに、訪日外国人旅行者向けの観光ITプラットフォームサービスを展開しているWAmazing 代表取締役CEO 加藤史子氏にお話を伺った。対談の場所は「すみだ北斎美術館」。葛飾北斎生誕の地・墨田区に2016年に開館した、北斎の作品を楽しめる美術館。インバウンド旅行者も多く訪れる。対談では、コロナ禍前後のインバウンドの概況や、日本が富裕層の旅行者を受け入れるにあたっての課題など、幅広いテーマについて伺った。

左:加藤史子(ゲスト)、右:藤元健太郎(聞き手)

プロフィール
加藤史子 WAmazing株式会社 代表取締役, CEO
慶応義塾大学環境情報学部(SFC)卒業後、1998年に(株)リクルート入社。 「じゃらんnet」の立ち上げ、「ホットペッパーグルメ」の立ち上げなど、主にネットの新規事業開発を担当した後、観光による地域活性を行う「じゃらんリサーチセンター」に異動。 スノーレジャーの再興をめざし「雪マジ!19」を立ち上げ。 その後、仲間とともに「Jマジ!」「ゴルマジ!」「お湯マジ!」「つりマジ!」…など「マジ☆部」を展開。 国・県の観光関連有識者委員や、執筆・講演・研究活動を行ってきたが、「もう1度、本気のスケーラブルな事業で、日本の地域と観光産業に貢献する!」を目的に、2016年7月、WAmazingを創業。

藤元 健太郎 FPRC 主席研究員 / D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。

対談場所
すみだ北斎美術館 https://hokusai-museum.jp/
葛飾北斎は、宝暦10年(1760年)に本所割下水付近(現在の墨田区亀沢付近)で生まれ、約90年の生涯のほとんどを「すみだ(現在の墨田区)」で過ごしながら、優れた作品を数多く残しました。 すみだ北斎美術館では、葛飾北斎及び門人の作品を広く紹介するほか、企画展やワークショップ、イベントを開催しています。

2019年、日本のインバウンドは過去最高 コロナ禍で世界の旅行者数は3分の1に

藤元 2023年5月からは海外からの入国の要件が緩和され、インバウンドがどんどん増えていると感じます。コロナ前後で大きく変わったことなど、インバウンドの概況についてお伺いできればと思います。

加藤 2008年に観光庁ができてから、ビザ要件の緩和や免税店の拡大など外国人旅行者を受け入れるための施策がとられ、統計を取り始めた1964年以降、2019年は過去最大の3,188万人の外国人旅行者が訪れていました。コロナ禍で20万人前後まで減り、世界のインバウンド旅行者数も戦後一貫して伸び続けてきていたのですが、コロナ禍で14.7億人から4億人まで落ち込みました。これまでにも鳥インフルエンザやSARS、MARSといった感染症の流行はありましたが、COVID19のパンデミックがいかに歴史的なことだったかがわかります。

 

コロナ前比でインバウンドの人数は7~8割、消費額は9割以上回復

加藤 日本では2023年のGW明けからは一旦収束という形になりましたし、2022年10月11日にはインバウンドの8割を占めていた個人旅行者が入国可能になりました。2023年5月は人数ベースでコロナ前の約7割に回復しています。2023年1~3月期の消費額は2019年比で約9割に回復していて、これにはいくつか要因がありますが、一人あたりの消費額が増えていることが大きいです。

政府は2030年に訪日外国人旅行者数6000万人・消費額15兆円という目標を掲げていて、その場合の一人あたりの消費額は約25万円です。コロナ禍前は一人あたり消費額が約16万円で、2023年の最初の四半期の統計では一人あたり21万円くらい使っているので、2030年の目標に近づいていると言えます。これには、円安やインフレ率のギャップ、香港や台湾などの近隣地域からの旅行者によるリベンジ消費など、いくつかの要因があります。コロナ禍前の2019年と比べて、2030年の目標値は人数は2倍弱、一人あたり消費額は3倍強になっていなくてはいけないので、富裕層、つまりたくさんお金を使うお客様に来てほしい、というのが全体的な流れになっていますね。

藤元 報道によると中国の大陸からのインバウンド旅行者数はそれほど回復していないということですね。

加藤 中国政府が観光ビザをそこまで一気に発行していないという事情があります。2022年10月はコロナ前に比べて人数ベースで2~3%の回復でしたが、2023年5月は17.8%まで回復しています。2019年は日本のインバウンドの約30%、959万人が中国のメインランドからだったので、ここが2割弱しか回復していないことが、全体のインバウンドの回復が100%まで至っていない大きな要因になっていますね。

藤元 中国メインランドからの旅行者数がまだ回復していないにも関わらず、東京で体感では外国の人がとても多くて、インバウンドが回復しているなという感じがします。これからはもっと増えるということですよね。

加藤 中国メインランドや台湾・香港のお客様はこれまでに日本に来たことがあって、東京には行ったことがあるので地方に行く、という方も多い傾向があります。今は日本に初めて来るヨーロッパやアメリカのお客様も増えているので、そういった方が渋谷や銀座を訪れていると思います。私も東京ではコロナ前より外国人が多く感じますが、地方ではまだ外国人旅行者が来ないな、という声も聞くので、回復はここからかなと思います。

京都のオーバーツーリズム対策

藤元 コロナ前も特に京都などではオーバーツーリズム問題が顕著になっていましたよね。京都ではバスの1日券を観光客向けには発行しないなど、対策も始まっていると聞きます。日本全体として、量から質へ、といった変化は各地で起きているのでしょうか?

加藤 地域ごとに温度差があり、コロナ前も「インバウンドと言っているけど、うちの地域はまだ来ていないぞ」という場合も多かったです。そういった地域は質というよりまずは知ってもらうことが必要という段階です。混みすぎてしまう問題がある地域では対策が始まっています。京都では、700円で市バス乗り放題のチケットを廃止して1,100円の「地下鉄・バス1日券」への利用切り替えを進め、利用者を分散させて混雑を緩和させようとしています。また、京都府に来ているインバウンドの95%が京都市を訪れているので、お茶の京都・海の京都などの魅力を発信する地域の分散や、どうしても長期休暇や土日に集中してしまう日本人の方と、平日にも来られる外国人の方の訪れる時期の分散などで需要の平準化を図っています。

 

海外の富裕層からは、日本のあらゆるものが魅力的に見えている

藤元 京都にもラグジュアリーなホテルが増え、地域として質の良いおもてなしをすることで富裕層を迎えたいという意向があるような印象を受けています。海外の富裕層から見た日本の魅力はどのようなところにあるとお考えですか?

加藤 スポーツ、アニメ、キャラクター、映画といったコンテンツや、温泉・豊富な水などの自然資源、大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭のような里山の風景と現代アートの組み合わせなど、人によって何が刺さるかは違いますが、ありとあらゆるものがユニークで魅力的に見えるみたいです。徳島の山奥の祖谷の古民家が人気だったり、住民3万人くらいの兵庫県朝来市の竹田城に1万人くらい人が来ていたりとか、日本の魅力は高く評価されています。ただ、いくらでも高く売れるものがあるんですけれど、海外の富裕層にとって魅力的な体験が商品化されていないんです。お金を出して買えるものになっていない。棚田の風景とかもすごく美しいんですけれど、それが地域経済を活性化させるに至っていないというのが現状です。

 

祖谷のかずら橋(徳島県 プレスリリース

魅力的な体験が「商品化」されていない

藤元 例えば、香川の「うどんハウス」は泊まってうどんを打って食べて、農園で野菜を収穫して、といった体験を約3万円でパッケージ化していますね。

加藤 例えて言うならば、すごく美味しいじゃがいもやにんじんはあるんだけれど、泥のついたまま転がっていて、カレーになっていない。素材がそのまま眠っていたり、未発見だったりしている状態なのですが、旅行者が来てお金を払って食べられるものって、やっぱりカレーやシチューだったりという商品なんですよね。

藤元 うどんハウスも、普通に通訳を連れてうどんを食べに行ったら180円で食べられてしまうわけですが、そこを商品にしているんですよね。

加藤 やっぱり日本はまだまだ中流層が分厚く、2019年の国内旅行消費は約22兆円あったんです。うち約5兆円が日帰りで、約17兆円が宿泊です。日本人の宿泊旅行はほとんどが1泊2日なので、例えば土日に渋滞の中で運転して15時に宿にチェックインして、お風呂に入ってご飯を食べて寝て、またお風呂に入ってご飯食べてチェックアウトして渋滞の中帰る、といったスケジュールになってしまって、体験する時間がないんですよね。一方で、外国からの旅行者は最低でも1週間から10日くらい滞在する人が多いので、体験する時間がたくさんあります。日本は国内の旅行市場が大きかったために、外国人旅行者の体験の受け皿となるような商品が少ないんです。

藤元 自治体は関係人口を増やそうとしていますけど、富裕層の人たちが年に数回来てくれるだけでも、落としてくれるお金を考えるとインパクトが大きいと思います。最近面白いなと思ったのは、千葉の南房総に会員制のレーシングサーキットがオープンすることですね。会員権の値段は3600万円で、すでに200人が登録しているそうです。そばにガレージやコテージを作って、富裕層が年に何回か車に乗りに来るかもしれない。新たにそういう魅力的なコンテンツを作って、日本に来たい理由を設ければ、そこにいくついでにあそこに行くか、という形で周囲にも訪れるかもしれません。年に何回か来る設計を取り入れていくことには、チャンスを感じます。

加藤 2030年のインバウンド6000万人・消費額15兆円の目標が達成できると、旅行者一人あたりが使うお金が25万円です。日本国内の一人あたりの年間消費額が約130万円なので、外国人旅行者5人で1人の日本人の年間消費が賄えてしまうことになります。このインパクトに対して、ありとあらゆる業種が対応しうると思います。

 

会員制ドライビングクラブ「THE MAGARIGAWA CLUB」
コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド プレスリリース

超富裕層はプライベートジェット・クルーザーでやってくる

加藤 また、富裕層のインバウンドを考えるときに、人によって富裕層に対して抱いているイメージがバラバラだなと感じています。日本は中間層が分厚い国だったので、年収1000万円あるとセレブ、といった雰囲気になりますが、保有資産5億円以上の超富裕層は桁違いです。例えば、中国の方がニセコに来て、スキーはできないけどとりあえず道具一式を買い、来年も来たいから道具置き場として10億円のペントハウスを買っておこう、といった世界です。地域や事業者が富裕層について話し合うときに、自分たちは資産1億円の人を相手にしようとしているのか、5億円、それとも100億円なのか、といった目線感を揃えることが重要です。

藤元 海外の富裕層はファーストクラスの飛行機で来ると思っている人が多いかもしれませんが、実際はクルーザーやプライベートジェットで来るわけです。そう考えたときに、インフラとして日本には空港はそこそこ数がありますが、クルーザーは停泊できるところがほとんどないですよね。

加藤 そうなんです。日本は海岸線の長さは米国の1.5倍あるんですけれど、ほとんどが漁港なんです。なかなかレジャーのための海の活用が進んでいません。空港も100くらいありますが、プライベートジェットが乗り降りできるようなところはほとんんどありません。

藤元 クルーザーやプライベートジェットで来る、という発想がないということですよね。自治体などで議論するときには、富裕層はこういう人たちだ、というイメージを変えるところから始めないといけないのかもしれません。

ウェルビーイングの実現のために

藤元 ここからは、2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」から、加藤さんが重要だと思う項目として選んでいただいたテーマについて議論したいと思います。

加藤 ここまでインバウンドで稼ぐというテーマで話してきましたが、日本に住んでいる人がこれから何を目指したいかというと、究極は自分の人生を楽しく生きることなんじゃないかなと思います。人間は社会的な動物ですから、コミュニティは重要ですよね。ウェルビーイングに関して、所属するコミュニティの数が多ければ多いほど幸福度が高いといった研究もありますね。

藤元 これからは仕事や家族も複数で、色々なコミュニティに所属する人は増えますよね。

加藤 「美醜や年齢・障害や病気からの解放」も重要だと思います。がんになったら仕事をやめないといけないような社会から、がんとともに生きるといった方向に医療も社会も変わってきていますし、アバターやメタバースでは本人の美醜はあまり関係なかったりします。年齢も、自分は年だからこんなことは無理、と思わなくていいんですよね。還暦のお祝いでオーダーメードの上質な赤のスーツを着て決めた写真を取っている先輩方を見ていたりすると、60歳だからこう、70歳だからこうでなくてはいけない、といった考えから自分をまず解放して、社会もそのバイアスで人を見ることをやめるのが大事だと思います。WAmazingにも、61歳の大手企業退職者が入社してくれたんです。社員210名の4割が10カ国11地域以上の国から来ていただいている外国籍社員で、6割が女性で、フルリモートなので日本中いろいろなところから働いています。

2022年時点で、日本には在留外国人が過去最多の307万人暮らしています。私が委員を務めている国交省の国土の長期展望委員会では、2065年には日本に住む日本国籍を持たない方々が人口の10%を超えるという予測をしています。日本は出稼ぎに来るにはコスパの悪い国になってきていますが、生活クオリティは高いので、富裕層の人たちがウェルビーイングな暮らしや働き方のために日本に来ることが増え、これまでと外国人労働者の概念がガラッと変わるのではないでしょうか。政府も2023年2月に法改正をして、高度専門職の在留資格の取得要件を拡大しています。前年の年収が2000万円以上ある研究者・技術者は、日本に1年住むだけで永住権が取れる仕組みになっていまして、これは従来とは全く概念が異なります。

「未来コンセプトペディア」カード

WAmazingの今後

藤元 最後に、WAmazingの今後のビジョンや展望をお伺いできればと思います。

加藤 WAmazingという社名は、日本の和とamazing、驚くほど素晴らしい、ということを表しています。日本のおそらく世界一美味しい食事と安心安全、社会インフラの充実、働く人の基礎能力の高さ、といった魅力を広げていきたいという思いです。「WA」にはつながっていくイメージもあり、循環経済やサステナビリティを示しています。文化財や自然の景観も放っておくと傷んでしまいます。観光も含めてマネタイズして、維持継続にも財源を使えるようにすることを目指しています。また、旅行は平和産業です。国境という概念がある限り国同士で争いが起きてしまいがちですが、個人と個人は同じ生き物ですので、相互理解が進むと世界平和につながるのではないかと思っています。

 

富裕層についてもっと詳しく知りたい方は、詳細資料「超富裕層・ニューラグジュアリー戦略を考えるために」をご覧ください。

資料は以下よりダウンロードいただけます。

『超富裕層・ニューラグジュアリー戦略を考えるために』資料

■富裕層・ニューラグジュアリーが注目される背景
■富裕層・ニューラグジュアリー戦略の重要ポイント
・超富裕層の価値観と消費傾向の実態
・富裕層サービスとニューラグジュアリーの台頭
・他の消費層とは全く異なる価値観・購買行動

■超富裕層とは
・D4DRの定義する未来市場 「超富裕層市場」
・富裕層・低所得層の二極分化
・「ニューリッチ」「ニューラグジュアリー」の台頭

■ 富裕層マーケティングの代表事例
・会員制ドライビング、城泊
・地方レストラン、富裕層向けショッピングモール

■ 「超富裕層」「ニューラグジュリー」戦略検討サービス

本記事の内容を動画でみたい方は以下よりご覧ください

『次の一手は超富裕層? ベントレー日本法人代表と語る新たな成長市場の実態【前編】
WAmazing加藤史子×藤元健太郎 対談① コロナ禍前後でインバウンドはどう変化したか

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