【美容・ウェルネス領域の未来】2040年の美容業界はどう変わる?― アイスタイル(@Cosme)会長CEO 吉松徹郎×藤元健太郎 対談
美容業界は今、大きな転換期を迎えている。生活者の価値観の変化やテクノロジーの進化により、従来の「美しさ」の概念を超えた、ウェルネスやウェルビーイング領域への注目が高まっている。
この潮流は、美容業界にどのような影響を与えているのか。そして、流通・小売業や各種メーカーは、急速に変化する生活者ニーズやトレンドをどのように捉え、新たな製品開発やマーケティング戦略の構築に活かしていくべきなのか。
25年にわたり「アットコスメ」を通じて生活者の声と向き合ってきた、株式会社アイスタイルの吉松 徹郎 代表取締役会長CEOに、最新の生活者動向やテクノロジー進化が描き出す未来の市場像について語っていただいた。美容とウェルネスの融合がもたらす新たな可能性、AIやシェアリングエコノミーが与える影響、そして日本企業が取るべき戦略まで、幅広いテーマについてお話を伺った。
左:藤元 健太郎(ホスト)、右:吉松 徹郎(ゲスト)
プロフィール
2000年前後以降の、美容・コスメティック業界の変化
藤元 吉松さんは1999年にアイスタイルを創業され、「アットコスメ」を通じて業界に革新をもたらしてきました。この四半世紀で、日本の美容・コスメティック業界はどのように変化してきたとお考えですか?また、生活者の意識はどのように変わってのきたでしょうか?
吉松 創業当時の25年前、2000年前後はまだインターネットが普及していない時代でした。マスメディアを中心とした情報をもとに化粧品を購入する方が多く、強いブランドがさらに強くなり、新興ブランドが台頭しにくい状況でした。また、新しい情報や商品に接する機会も限られていました。
しかし、インターネットの普及により、情報接触のプロセスが大きく変わり、多くのブランドに触れる機会を得て、自分の意識を持って商品を選ぶ方が増えました。同時に、化粧品の使用者層が広がり、若い人からお年寄りまで、エイジングケアも含めてビューティーという概念が広がってきました。
藤元 最近のトレンドについてはいかがでしょうか。ここ数年で特に注目されている変化はありますか?
吉松 コロナ後に大きな変化がありました。強いブランドがさらに強くなる傾向が見られます。皆さんの声を聞いていると、不安感が高まっていることがわかります。以前のように様々な商品を試して楽しむというよりも、失敗を避けたいという意識が強くなってきています。
円安の影響も含めて、ポジティブな選択よりもネガティブな要素を解消するための選択が増えてきたと感じます。つまり、新しいものへの挑戦よりも、確実性や安心感を求める傾向が強まっているのです。
藤元 生活者の心理の変化が、ブランド選択にも大きな影響を与えているということですね。経済的不確実性が高まる中で、慎重な姿勢が顕著になってきていることがよくわかります。
ビューティーブランドがイメージをより意識する時代に
藤元 ブランド側の意識はどのように変化してきているのでしょうか?
吉松 大企業は強いブランドのM&Aなど、さらなるブランドイメージ強化にに注力しています。また、単なる化粧品会社というよりは、ライフスタイルを提案する会社へと変貌しつつあります。
藤元 昔の憧れ的な訴求から、より等身大の、一人一人の生き方に寄り添う方向に変わってきているということですね。
吉松 そうですね。憧れではなく、興味関心が身近なものに向かっています。エコやサステナビリティなども含めて、多様化しているという印象です。実は消費者の要求は昔から多様化されていて、それがよりクリアになったという感覚です。ブランドやメーカーにとっては、従来のようなブームを作りにくくなった世界だと言えます。
小さなバブル(流行り)を捉えるアットコスメ
藤元 インフルエンサーの増加に伴い、ブームの形成も変化していますね。アットコスメは、こうした小さなコミュニティでの流行をどのように捉えているのでしょうか?
吉松 最近のアットコスメは、小さなコミュニティでバッとブームになるものを、より広く捉えられるプラットフォームになっています。
SNSで話題になった商品が、アットコスメで評価されることで、そのバブル以外に浸透していく場所として機能しています。さらに、リアル店舗のアットコスメ東京では、セレンディピティな出会いも生まれます。オンラインでの話題化からリアル店舗での発見まで、プロセス全体をカバーできるのが強みです。
藤元 アットコスメはもはやメディアというよりも、真のプラットフォームになっているということですね。
吉松 その通りです。我々はブームを作ることを目指しているのではなく、常にブランドと消費者を繋ぐために何が必要かを考え続けています。例えば宅急便のように、流行りに左右されないプラットフォームとしての役割を果たしていきたいと考えています。
新体験フラッグシップショップ「@cosme TOKYO」
(画像:アイスタイル プレスリリース)
美容とウェルネス・ウェルビーイングの親和性は高い
藤元 ビューティーやコスメの世界を拡張して考えると、ウェルネスという市場が非常に大きくなっています。ウェルネスやウェルビーイングは、この業界も目指すべき方向性の一つだと考えられますが、このあたりについてどうお考えですか?
吉松 化粧品は、医療以外で肌に直接触れることができる唯一の製品です。消費者とのコミュニケーションや接触が非常に多く、自分をより良い状態に導くという目的がベースにあるので、ウェルネス・ウェルビーイングとの親和性は非常に高いですね。
ただ、ウェルネスとウェルビーイングの違いについては、人によって捉え方が異なりますね。藤元さんはこの点についてどうお考えですか?
藤元 私の考えでは、ウェルビーイングという幸福が大きな目標としてあり、それに向けてウェルネスがあるのではないかと。概念としては、ウェルビーイングの方が上位概念だと考えています。
マズローの欲求段階説で考えると、ヘルスケアやメディカルは安心や安全、つまりマイナスをゼロにする世界です。一方、ウェルネスの世界は、ゼロをさらにプラスに持っていくところに市場としてのチャンスがあると思います。
例えば、睡眠の質を上げて120%のパフォーマンスを出すことを目指すのは、まさにウェルネスの領域です。この考え方が一般の人々にも広がっていくのではないでしょうか。
吉松 ビューティーの世界は面白いことに、ベースがウェルネスなんです。0から1にしていくことは人それぞれで異なりますが、化粧品はもともとそこからスタートしているので、ウェルネス・ウェルビーイングとの親和性が高いと感じます。
藤元 そうですね。テクノロジーもこれから貢献しやすい領域だと思います。新しいテクノロジーで様々なことが可視化されると、パフォーマンス向上が見えるようになり、それを実現したいという欲求が生まれます。テクノロジーによる可視化が市場を後押しする要素になると考えています。
吉松 そうですね。テクノロジーによる変化と意識の変化が大きいですね。例えば、ダイエットや脱毛など、以前は特定の層だけのものだったものが、今では幅広い層に広がっています。単なる身だしなみではなく、それをすることによって自分が向上するというマーケットがどんどん大きくなっていくと感じます。
藤元 美容業界がウェルネス・ウェルビーイングの概念を取り入れることで、より幅広い市場へと拡大していく可能性が見えてきましたね。テクノロジーの進化と消費者意識の変化が、この新たな方向性を後押ししているようです。
150の未来仮説「未来コンセプトペディア」からピックアップ
藤元 ここからは、2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」から、吉松さんが重要だと思う項目として選んでいただいたテーマについて議論したいと思います。
2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」
海外へ輸出できる「推し活」ビジネス/AI時代には自己表現の重要性が増す
吉松さんが選んだ「未来コンセプトペディア」カード
藤元 まず、「『推し』中心の生活(あらゆる行動の『推し活』化)」についてどのようにお考えですか?
吉松 推し活は、信じるものに対してお金をかけることだと思います。宗教も推し活の一つで、人が何をよりどころにしていくかということがビジネスになります。情報のバブル化が進む中で、インフルエンサーを中心とした小さな宗教のような現象が生まれています。世界的な不安定さと関連して、人々が不安を取り除く手段としても機能しているのではないでしょうか。
藤元 日本の推し活ビジネスは、世界に輸出できる可能性のある産業になりうるということですね。
藤元 関連して「自己表現の増加(創作・表現活動の一般化)」についてはいかがでしょうか?
吉松 多様化が進む中で、自分のアイデンティティを説明するのが難しくなっています。ブランド品やキャラクターグッズを身につけることも、自己表現の一つです。物を持つこと、言葉で発信すること、オンライン・オフラインでの活動など、さまざまな形で自己表現が重要になっていると思います。
藤元 AI活用が広がる社会では、人間による自己表現はむしろ重要性を増すという見方ですね。
吉松 自己表現は単にクリエイティブな活動だけでなく、消費行動や人間関係を含めた広い概念として捉えられるようになっていると思います。
脳への刺激で幸福が直接感じられる、マトリックスな世界観
吉松さんが選んだ「未来コンセプトペディア」カード
藤元 次に、「BMI(Brain Machine Interface)」、「脳内ホルモンコントロール技術」「感情・幸福度の可視化技術」についてはいかがでしょうか?
吉松 AIの急速な進歩は非常にインパクトがありました。今後10年、20年でさらに大きな変化が起こることは想像に難くありません。幸福の感じ方や意思決定のプロセスも、従来の枠組みから大きく変わっていく可能性があります。
特に、脳とAIが直接つながる世界が実現すると、人間の思考そのものがAIのインプットになる可能性があります。これは少し怖い面もあります。調べる、考えるというプロセスを飛ばして、直接幸福を感じさせる技術が出てくるかもしれません。ウェアラブルデバイスや脳内ホルモンの技術が進化すると、映画「マトリックス」のような世界が現実になる可能性も高まっていると感じています。
藤元 そうした中で、アンチエイジングや寿命の延長が現実のものとなれば、人間と死の関係性も大きく変わりそうですね。
富裕層以外の人はメタバースでアンチエイジングする?/低所得層はシェアリング×美容
吉松さんが選んだ「未来コンセプトペディア」カード
藤元 そうした中でアンチエイジングや寿命の延長が現実のものとなる世界が来れば、人間が死から遠ざかることもできるかもしれない。人が歳を取らなくなるとどうなるんでしょうか。
吉松 この分野は、富裕層と低所得層の二極化の影響が大きいところだと思っています。例えば、クラシック音楽の生演奏を体験できる人が限られてきているように、高額なエイジングケアを受けられる富裕層と、脳のシミュレーションに頼る層に分かれる可能性があります。実際、ビジネスの世界でもオンライン会議が主流になって、リアルな体験自体が価値を持つようになってきていますよね。
藤元 富裕層と低所得層の二極化について、我々D4DRの見解では、所得に関係なく幸福を感じられる世界観を作れば、極端な貧困に戻ることはないだろうと考えています。吉松さんはどのような未来を描かれていますか?
吉松 その通りだと思います。幸福の多様化が進めば、所得に依存しない社会を作ることができ、社会の安定につながるでしょう。政治や国の安定は、不安を感じる人が減ることで実現できます。
藤元 低所得者層の人たちが幸せに暮らすための一つの解決策として、シェアリングエコノミーが広がっていくのではないでしょうか。
吉松 確実に広がっていくと思います。カーシェアリングの例を見ても、非常に便利になっています。ただし、消費に依存しない社会の中で、経済活動とのバランスをどう取るか、税収の仕組みなども見直す必要があるでしょう。
藤元 ビューティーの世界では、シェアリングという概念がどのように展開されると思いますか?
吉松 メーカーとしては安全性の観点から難色を示すかもしれませんが、消費者の視点からすると、サンプルの共有などは興味深い取り組みです。ブランド側にとってもサンプル製造のコストが高い中、新しい試みとして捉えることができるでしょう。
藤元 美容業界においても、テクノロジーの進化と社会の変化に応じて、新たなビジネスモデルや価値提供の方法を模索する必要がありそうですね。リアルな体験の価値が高まる一方で、デジタル技術を活用した新しいサービスの可能性も広がっています。
AI時代にはフロンティアの提示が重要に
吉松さんが選んだ「未来コンセプトペディア」カード
藤元 最後に、宇宙や海、量子コンピューターのような遠い未来についてお聞かせください。これらの分野が社会に与える影響をどのようにお考えですか?
吉松 量子コンピューターの影響は非常に大きいと考えています。インターネットの登場時のように、社会やプロセスそのものが劇的に変わる可能性があります。しかし、個人の生活の安定だけが幸せではありません。人々にワクワク感を与えるものとして、宇宙や海底の探査などのフロンティア分野は非常に重要です。未知の領域を解き明かしていくことに、大きな魅力を感じます。
藤元 AIの普及により単純労働から解放された人々にとって、フロンティアの提示は人間が進化を続ける上で重要ですね。同時に、AIと量子コンピューターの発展により、新たな発明や化学物質の創造が加速する可能性もあります。
吉松 そうですね。技術の進歩は私たちの想像を超えるスピードで進んでいます。例えば、通信技術の進歩を見ても、わずか10年前には考えられなかったことが実現しています。
藤元 スタートアップの経営者として、このようなワクワクするビジョンを提示していくことも重要な役割の一つだと感じています。特に日本では、政治家がなかなかそのような役割を果たせていない現状があります。ビジョンを示していくことへの期待は大きいですね。
吉松 確かに、技術の進歩を目の当たりにすると、自分の視点を変える必要性を強く感じます。ワクワクする世界を提示し続けることは、私たち経営者の重要な役割だと認識しています。
藤元 美容業界も、単に外見の美しさを追求するだけでなく、人々に新しい価値観やライフスタイルを提案する役割を担っていく可能性がありますね。テクノロジーの進化と共に、美容の概念自体も拡張していくかもしれません。
本記事で吉松会長が選んだ未来仮説カード(未来コンセプトペディア)の中身をもっと詳しく知りたい方は、以下からご覧いただけます。
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『@Cosme会長と未来カタリストが語る、2040年の美容業界はどう変わるか』
■ 出演者プロフィール
吉松 徹郎(ゲスト) 株式会社アイスタイル 代表取締役会長CEO
1972年、茨城県生まれ。東京理科大学基礎工学部卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)に入社。1999年7月にアイスタイルを設立し、代表取締役社長に就任。同年12月、コスメ・美容の総合サイト「@cosme」をオープン。2012年に東証一部上場。2022年8月には代表取締役会長就任。 現在では、「@cosme」は店舗やECも含めた日本最大の美容プラットフォームへと成長している。
その他、 公益社団法人経済同友会の幹事を務めるほか、公益財団法人アイスタイル芸術スポーツ振興財団を設立し理事長として現代アートの制作・展示への助成支援を行う。「第6回ニュービジネスプランコンテスト」優秀賞(1999年)、ICS「第14回 ポーター賞」(2014年)、「EY Entrepreneur Of The Year Japan 2018」Exceptional Growth部門 特別賞(2018年)など受賞歴多数。
藤元 健太郎(ホスト) FPRC 主席研究員 / D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。