逸見光次郎×藤元健太郎 対談「小売と生活者の関係性の未来を見通すために重要な3つの視点とは?」
第四次産業革命やVUCA時代とも呼ばれる変化の只中にある現在。小売業界もDX(デジタルトランスフォーメーション)の変革の波を迎えている。さらに、今後はZ世代をはじめとして生活者の価値観や志向も大きく変わると予想される。未来の生活者と小売の関係性をどう捉えれば良いだろうか。
小売流通業界のオムニチャネル化を専門とし、『小売DX大全』の著者である逸見光次郎氏に、2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を手がかりに、未来の小売と生活者の関係性を見通す上で重要な3つの視点、「サーキュラー・エコノミーとエシカル志向」「多様な評価軸とフラットな関係性」「メタバースとマルチパーソナリティ」について伺った。
本対談の内容は動画でもご覧いただけます
前編 ①新潮流のもとではLTVが鍵に
中編 ②小売の現場では多様な評価軸・フラットな関係性が重要に
https://www.youtube.com/watch?v=oD1nuB8a-XQ
後編 ③メタバースとマルチパーソナリティ:一人の中に存在する複数のペルソナを捉える必要性
https://www.youtube.com/watch?v=q3q2-_ZnMFg
1. サーキュラー・エコノミーとエシカル志向:新潮流のもとではLTVが鍵となる
藤元 健太郎(D4DR株式会社代表 以下、藤元):
約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」から、逸見さんが小売流通業界にとって重要だと考えるキーワードを選んでいただき、それについて質問していく形で進めたいと思います。まずは「サーキュラー・エコノミー」やカーボンニュートラルの実現、「ナチュラル・エシカル志向」の広がりといった潮流を選んでいただきました。これらは小売の分野でさまざまな取組をするにあたっても外せないものになってきていると思いますが、いかがでしょうか。
「未来コンセプトペディア」関連項目
逸見 光次郎氏(株式会社CaTラボ 代表取締役 オムニチャネルコンサルタント 以下、逸見氏):
そういった志向は誰もが持っているものだと思います。ただ、それをどこまでビジネスにリンクするのかという視点で考えると、定量化できないのが難しい点だと思います。
日本で人口が増え、経済成長が続いていた時代は、とにかくたくさん効率よく作ればいいという生産者の論理が優先されていました。しかし今はむしろ生産年齢人口が減り、経済が大きく変わり始めています。Z世代の高校生の息子の話を聞いていても、「社会貢献は当たり前」という意識が広がっていて、サーキュラー・エコノミーやエシカル志向も自然と根付いていることを感じます。現状は経済の停滞というより「成熟」だと思っていますが、モノを購入する際にも、価格だけでなくいろいろな要素が考慮されるように変わってきているんです。ただ、50代、60代以上のビジネスマンや経営者には実感しにくいポイントだと感じます。
ゲスト:逸見 光次郎 氏
株式会社CaTラボ 代表取締役 日本オムニチャネル協会 理事
94年三省堂書店入社。神田本店、成田空港店、相模大野店(立ち上げ)、八王子店勤務。99年ソフトバンク イーコマース入社。イーショッピング事業立ち上げ。イーエスブックス社MD、CS、社長室、広報、総務、広告営業等(後のセブンネットショッピング社)。06年Amazonジャパン入社。ブックスMD。07年イオンリテール入社。イオン(株)事業企画プロジェクトチームにてイオンネットスーパー事業立ち上げ。その後、デジタルビジネス戦略チームにてデジタル事業戦略立案、M&A等に関わる。11年キタムラ入社。EC推進本部副部長兼ピクチャリングオンライン会長、のち統合して、執行役員EC事業部長。オムニチャネル(人間力EC)化を推進。17年独立。
藤元:
先ほど逸見さんもおっしゃっていたように、サーキュラー・エコノミーやカーボンニュートラルの実現といった領域は定量化しにくいので、KPIの立て方が複雑になると感じています。専門家としてはどうお考えですか。
逸見氏:
定量的な指標は必要だと思っています。生活者の志向や倫理観が変わるという前提のもとでは、新しい志向を持つ生活者たちが、自分たちの企業の商品やサービスにお金を払ってくれるかどうか、ということを示すライフタイムバリュー(LTV)は、定量的に把握しやすい指標です。
藤元:
D2Cは自分たちのブランドへの共感を集めるという、まさにLTV的な攻め方をしていると思いますね。例えば、サブスクでお金を払い続けてくれれば、環境に配慮したプロダクトを提供するので信頼して我々に任せてください、というスタンスのD2Cブランドが多いと感じます。
逸見氏:
そうですね。D2Cはお客様とのコミュニティ・信頼関係がしっかりできていて、その中でサブスクモデルが機能するのか、つまり商品を継続利用してもらえるかが鍵になる仕組みです。大企業も、生活者に対してコミュニティ単位で対応していく必要がありますが、今まではいかに大本で効率よく束ねてたくさん作るかが求められていたので、変化できるかどうかが課題だと思っています。
藤元:
少子化と人口減少が進む中では、商品をたくさん売ることよりも、個人やコミュニティとどれだけ共感しあってLTVを上げていけるか、ということが重要になるのではないでしょうか。
聞き手:藤元 健太郎
FPRC 主席研究員、D4DR 代表取締役。元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。現在「超江戸社会」を提唱。
2. 社会・他者貢献で自己実現する時代:小売の現場では多様な評価軸とフラットな関係性が鍵
藤元:
「社会や他者への貢献による自己表現」についてはいかがですか。
逸見氏:
Z世代など若い世代は、経済停滞していると競争社会だけでは生きていけないことを子どもの頃から見ていて、社会貢献が当たり前という考え方を持っていますよね。だから、競争を通してではなく、他者への貢献で自己実現をする。人は何をするにしても、誰かのためにと言いつつ、最後は自己満足のためだという見方にもつながります。
形式としてはクラウドファンディングなどがありますが、いろいろな新しい方法で人と繋がって、人が困っていることを自分の持つ能力で助ける、一方通行ではなく得意ジャンルで補い合うという、経済だけではない関係が増えていくのではないかと思います。
藤元:
今までも顧客参加型商品開発などいろいろ方法はありましたが、最近のDAO(分散型自立組織)の動きなどを見ていると、暗号資産やNFTなども絡めた、個々人の貢献度を見える化することでその人の価値が上がり、結果的にみんながハッピーになれるような新しい仕組みが始まりつつあることを感じます。Web3.0なんかもそうですね。
逸見氏:
そう思います。多様性が大事だ、いろいろな個人が居ていいんだ、ということは言われていましたが、一方で評価は一元的な軸によるものしかできていなかった。それが、様々な基準で評価ができる社会になることで、他者と認め合う多様性が実現するのではないでしょうか。
藤元:
店舗スタッフのDXやECサイトでのオンライン接客が行えるサービス「STAFF START(スタッフスタート)」を提供するバニッシュ・スタンダード社長の小野里さんは、売り子の地位を上げたいと話していました。評価の多元化はそういった観点にもつながると思います。売り子が、「売り子なんだからさっさと売れ」とただ指示をされるような立場ではなく、自立した存在として顧客とつながり、信頼関係と共感の中でモノが売れ、それが見える化されて十分評価される、という仕組みの利点が、スタッフスタートがこれだけ広がっている理由なのではないかと感じます。
「STAFF STARTとは」
(出典:株式会社バニッシュ・スタンダード プレスリリース)
逸見氏:
変化の少ない時代には組織が階層化している方がよかったのだと思いますが、様々な変化がスピードアップしている今、最前線にいる現場の方たちが一番現状をよく見ています。ただ、現場の方たちに権限をまるごと渡してしまっても本人たちも困ってしまう。だからこそ、今はヒエラルキーではなくフラットな関係性の中で、役割としての経営者、管理職、現場販売、という意味合いに変わってきているのではないかと思っています。
藤元:
その点は、「労働の多元化」のテーマにもつながりますね。
逸見氏:
今の自分自身のように独立していろいろな仕事を同時にやるメリットは大きいと思いますが、一方で、私はいろいろな事業会社で25年くらい、基礎から学べたことは恵まれていました。メタワーク化・働き方の多元化が進む中で、ビジネスの基礎的な素養を持った上で次に積み上げていくというステップを社会的に作れるかどうかが課題だと思います。成長しながら社会に貢献し、自分自身の満足度も高まるという働き方が本来のメタワークや労働の多元化だと思いますが、新卒でどこかの会社に入って、3年、5年働いて、すぐにリモートワークで副業化しますという状況だと、買い叩かれる安い人材のようになってしまうことを危惧しています。
藤元:
その流れは食い止めたいですね。また、D4DRでも今若手社員がゴーストレストランにチャレンジしていて、私も店で呼び込みをしたりしました。普段とモードを切り替えてやると楽しいけれど、日本の企業の経営者は「今さらそういうことはできない」という人も結構いるかもしれませんね。だから、複数の仕事をすることの良さは、経営者やマネジメント層も現場のワーカーとしての経験をしやすくなることにもあると思います。この仕事の間は自分は営業だから飛び込みます、この仕事では経営者だからビジョンを示して指揮を執ります、という。
逸見氏:
これまでの蓄積で仕事をしようとすると、間違ってはいないけれど、変われないんですよね。今の変化の激しい世の中では、現場体験をして、それを経験値によって咀嚼して、多様性を理解した経営判断をしていくといったことが有効なのではないでしょうか。いわゆる労働だけではなく、マネジメント・経営もメタワーク化していく。
3. メタバースとマルチパーソナリティ:一人の中に存在する複数のペルソナを捉える
藤元:
最後に、「非日常的なエンタメ志向」というキーワードを選んでいただきましたね。「モノからコトへ」ということがずっと言われてきましたが、コトがどういう気持ちに繋がり、行動変容につながるかが重要だと思っていて、最近私は「コトからキモチへ」と言っています。非日常はコト体験で、気持ちがどう変わるかがポイントだと思っています。
逸見氏:
非日常はリアルで物理的に体験するもの、Netflixのようなエンターテイメントなどデジタルで体験するもの、様々あると思いますが、毎日の生活の繰り返しの中で変化となる非日常が定期的に必要な重要なものですよね。非リアルな非日常である「メタバース利用の拡大」は、コロナもきっかけとなり実際に広がろうとしているので、期待しています。
メタバースプラットフォームcluster「バーチャル原宿」
(出典:クラスター株式会社 プレスリリース)
藤元:
メタバースなどでは、人間以外の動物や美少女になりたい人など、今の自分の人格ではないアバターでいきたい、という人も結構居ますよね。これまでのマーケティングではペルソナを設定してその中でどう気持ちが変わるかを考えていましたが、「マルチパーソナリティ(人格の多層化)」を前提として考えると、一人の人の中でも状況によってペルソナが変わります。従来の議論の仕方には限界があると感じます。
逸見氏:
リテールでもそういった点があって、英国の百貨店ジョン・ルイスはそれを明確にデータで示しています。例えば、平日の朝はスマホで急いで買い物をしたい人でも、週末はのんびりウインドウショッピングをし、曜日も時間も関係なく高価なものや、服や家電などこだわりたいものは販売員に相談しながら買いたい。リアルでもこれだけ状況によって行動を使い分けているので、メタバースとなると個人内の生活体験がもっと多様化していくのではないでしょうか。
そのような状況に対応するために必要なのが、生活者体験をしっかり想定するということです。自分自身で体験するのも、デジタルのデータから読み解くのもよし。お金を払ってくれる消費者としてだけでなく、体験をしていく生活者としてお客様を見ることで、ペルソナの画一化を避けられるのではないかと思います。
『小売DX大全 オムニチャネルの実践と理論』
(逸見光次郎、中見真也(編著) (著), 一般社団法人 日本オムニチャネル協会 (監修))
小売のDX=オムニチャネルという定義のもと、日本オムニチャネル協会が1年以上かけて重ねてきた議論や集めた事例をまとめた書籍。売り場、販促、商品、 CS 、物流、管理といった各部門について、20~30社による議論を行った。業態の変化やコロナ禍の商業統計、EC化率といったデータを踏まえた現場の課題もテーマに。経営者、ミドルマネジメント層、現場担当者それぞれへの提言も収録。
FPRCでは、2030年~2040年の未来戦略を考えるための約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を公開しています。未来創造に役立つ集合知として質を高め続けていくための共創の取り組みとして、 様々な分野の有識者の方々などにご意見をいただき、更新を行っています。
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