【イベント報告】「サステナ思考で生まれたバスクリンの伝統と革新」(1/23 第70回NRLフォーラム)

2025年1月23日、70回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。

Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。

今回は、「老舗から学ぶ企業の存続」をテーマに、伝統ある入浴剤メーカー、バスクリンの松崎哲示氏が、企業存続の秘訣やサステナビリティを軸としたものづくり、時代に即した製品戦略について講演が行われた。温泉文化を未来につなぐ同社のこだわりが印象的な講演内容であった。

また、講演に続き、Next Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、現代人の入浴スタイルの変化における課題や戦略について多角的に議論が交わされた。

■講師:
松崎哲示氏 株式会社バスクリン マーケティング本部

■ホスト:
菊原政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長)

■進行・モデレーター:
藤元健太郎 ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長(NRL理事長)

サステナ思考で生まれたバスクリンの伝統と革新
~始まりは漢方の削りカスでした~
(松崎哲示氏:株式会社バスクリン マーケティング本部)

本講演では、バスクリンの創業から現在に至るまでの歴史、製品開発における理念や市場変化への対応が解説された。また、入浴文化の新たな価値創造やサステナビリティへの取り組みも紹介され、実践的な示唆に富む内容となった。

バスクリンの歴史と成長

1930年にブランドが誕生。婦人薬の「中将湯」の製造過程で発生した切れ端を湯船に入れると体が温まるというところから入浴剤の発想が生まれた。そして、「植物の活用」を原点とし、温泉成分、香り、色の要素を取り入れた製品開発を行った。また、高度経済成長期において、内風呂の普及により「温泉のような入浴剤」が市場に求められた。温泉地の成分や湯触り、情緒を再現する製品開発に注力するようになった。温泉の成分、湯触り、香りを商品で再現するため、温泉地でのフィールドリサーチを重視し、肌触りや情緒的な体験までも商品設計に取り入れている。

入浴剤開発の裏側

バスクリンは品質へのこだわりから、従業員が実際に入浴して評価するほど厳格な開発体制を敷いている。浴槽ごとの色再現テストや香りの拡散具合、さらには人口気候室での効果測定など、科学的なアプローチも重視。最近では「入浴と睡眠の質」に関する研究も進行中である。シャワーと比べ、浴槽浴は交感神経を落ち着かせ、深い睡眠に寄与することが分かっている。また、SNSを活用した啓発活動にも積極的であり、最適な入浴タイミングや入浴方法(半身浴など)を伝えることで、若年層を中心に「お風呂文化」を再認識させる工夫がなされている。

サステナビリティと地域活性化への取り組み

エコ活動の推進

エコ検定を全社員が受験し会社全体でエコについての知識理解を深める取り組みを行っている。また、森を再生するプロジェクトを展開し、森林整備活動を行っている企業の活動を支援するなど、入浴に関係した、水の資源を守る活動を推進している。

温泉地との連携

温泉地の活性化プロジェクトに取り組み、寄付活動やユネスコ文化遺産登録を目指した署名運動も実施している。また、寄付金を募り、温泉地の活性化に充てるなど、製品開発の参考になっている温泉地への敬意を払っている。

グローバル展開と海外戦略

現在多くの国へ製品の輸出を行っている。東南アジア市場への進出は、日本企業の海外出店がきっかけとなった。海外では入浴文化が異なるため、日本の成分設計は特に注目されている。入浴文化がない海外の人々にとって、入浴剤は、新鮮なものであり、また、日本へわざわざ旅行をせずとも、気軽に日本の温泉気分が味わえる「日本の名湯」はかなり需要が高いと考えられる。

【ディスカッション】
日本のファッションブランドの海外展開と市場適応戦略

講演に続いて、フェローを交えたディスカッションの内容について、現在の課題とその解決策についてそれぞれをまとめた。

■ディスカッション参加フェロー
・村山らむね氏 有限会社スタイルビズ 代表取締役
・坂野泰士氏 有限会社シンプル研究所 代表取締役

課題

ディスカッションで議論された課題は下記の通りである。

1. 国内外の入浴文化の違い

海外の社交場としての入浴文化と日本の治療という目的として育まれてきた入浴文化が異なるため、文化の違いを踏まえて日本の文化としての入浴をどう海外に発信していくかが鍵となる。また、日本の入浴剤と海外のバスソルトの風呂釜の性質のために入浴剤の成分も異なってくるため、海外と日本の違いを生かした商品の開発、宣伝方法の施策が海外市場への展開において必要となってくる。

2. 若年層の入浴離れ

ライフスタイルの変化に合わせた商品の提案が求められる。シャワー中心の生活が定着しつつある若年層に対して、入浴の価値を再提案する必要がある。

3. 啓発活動の課題

消費者に入浴の健康効果や楽しみ方を浸透させるための効果的な広報戦略が不足している。そのため、入浴に関心を持つ消費者が少ないため、湯船につかる人が減っている。

4. 若者層への訴求

入浴文化に親しみが薄くなっているZ世代へのアプローチ方法が限定的である。「疲れを癒す」以外の目的で入浴を楽しむきっかけが少ない。

5. 海外市場の競争力

輸送料も加わってしまうため高価格になってしまう商品が入浴文化のない現地の消費者に受け入れられにくい。日本独自の付加価値やブランド力、入浴することへの魅力、メリットを伝えきれていない。

6. 温泉施設とのコラボ

イベントや施設との協業が十分に活用されていない。消費者体験を通じたブランド認知拡大の機会が限定的である。

7. 多様な顧客ニーズへの対応

新しい入浴の価値観として、特別な日や疲れた時に入るという日常づかいではなく特別な日のものとして使われつつある、入浴剤の新たな需要に対応しきれていない点がある。

解決策

上記の課題に対して、フェローより様々な提案がなされた。

1. 薬湯と日本の入浴文化

薬湯(ショウブ湯、ゆず湯)は歴史が古く、江戸時代から存在していた。日本の入浴文化は治療目的が主であった。一方、海外では、社交場としての入浴が行われてきた。この文化の違いを踏まえ、日本の入浴文化が育まれてきた歴史的背景を生かしたマーケティングを展開し、海外の人々に日本の入浴文化を理解し、真似してもらうという異文化理解という付加価値を広める必要がある。バスクリンの製品の中で、実際に日本の温泉に入った気分を味わえる日本の名湯シリーズは、海外市場においてとても魅力的な製品であると考えられる。この製品の魅力を海外でどう発信していくかが海外市場への参入の鍵であると考えられる。

2. 海外市場とバスソルト

ヨーロッパではテルマエ文化やバスソルト市場が存在する。バスソルトは古代ローマ時代から社交場の要素を持つ文化に由来しているため、現地の文化にマッチする製品展開が可能。日本市場では追い炊き機能など様々な性能がついている風呂釜を痛めてしまうことを懸念し、日本市場での塩製品の普及は難しいが、追い炊き機能などがない海外市場では展開可能である。現地の文化に合わせた製品(バスソルトや香り中心の製品)の開発や美容効果を訴求した製品開発が鍵となる。

3. 新製品とマーケティング

既存ブランドを基盤に10年に一度新ブランドを立ち上げている。社員の多くは温泉愛好家で、温泉地調査への専門性が高いので、そのことを活かしたマーケティング展開し、新製品開発に反映する。気分や状況に応じた新しい香りや効果の提案や「疲れを癒す」以外のシーン(例えば、リフレッシュや集中力アップ、活力の向上)に対応した新たな入浴の目的を作れるような入浴剤の開発を行える余地がある。

4. 入浴トレンドの変化

若い世代の入浴頻度が減少する中で、コロナ禍での在宅時間増加が若年層の入浴習慣に影響している。半身浴や整う感覚など、コロナ禍で在宅期間が長くなり、家族とのコミュニケーションの場として入浴時間を重視する風潮が生まれた。これを機に新しい入浴スタイルの提案を展開。SNSで、新たな入浴方法を提案。SNSを活用したキャンペーンやプレミアム感のある商品ラインを展開。入浴文浴文化を楽しく発信するイベントやインフルエンサーを活用する。SNSを活用した広告戦略を強化する。

5. サウナと整う体験

サウナ体験を再現する入浴剤の開発に注力する。香りや発汗の効果を重視した製品を企画する。「整う」感覚を家庭でも楽しめるようにする。

6. 啓発活動と睡眠

入浴と睡眠の関連性をSNSやYouTubeで啓発する。アスリートや専門家の証言を活用して、入浴による疲労回復効果を訴求する。ブランドショップやイベントでの体験型マーケティングを強化し、消費者のエンゲージメントを向上させる。地域密着型の体験イベントを開催し、消費者との直接接点を増やす。

7. 専門性と継承

温泉調査員は「湯を識別する能力」を持ち、特定の条件を満たした人のみが任務に従事しているので、温泉専専門家のノウハウをブランドストーリーや製品開発に活用し、信頼性を高める。科学的根拠に基づく入浴の健康効果を発信する。スリープテック企業やフィットネス業界とのコラボレーションで新たな需要を喚起する。

8. Z世代へのアプローチ

若者向けにお風呂や入浴剤の利用促進を目指し、プレミア感や特別感を提供する必要性が議論された。特別な日の「ご褒美」としての入浴剤の価値の認識を強化する。Sでのキャンペーン展開やインフルエンサーの活用を強化し、楽しい体験としての入浴文化を提案する。

9. 海外展開と価格設定

日本国内と海外での価格差が問題視され、現地での価値を考慮した価格設定が必要とされた。高級ブランドのように価値観の提案を重視する必要性が指摘され、高価格帯のプレミアムブランド戦略を採用しつつ、現地に合わせた製品ラインを開発。商品期的視点で現地文化に適応した戦略を展開する。商品の「体験価値」を重視し、ポップアップイベントや試供品配布する積極的に行う。

10. 新しい温泉施設の利用シーン

温泉施設がイベント会場やホテルとセットで利用される傾向が増加している。イベントの前後や待ち時間に温泉が活用されている。温泉施設やホテルと協力し、特別仕様の入浴剤や限定プランを提供する。イベント開催時に、入浴剤のプレゼントや割引キャンペーンを実施する。

11. 香りや効果によるターゲティング

入浴剤の商品設計では、リラックスやスキンケアなどの目的に応じた細分化が進んでいる。入浴中の香りや整う感覚に特化した製品をさらに開発。サウナやスパ文化に関連した製品ラインを拡充する。用感や満足度の向上を目指す。

12. 共同体験の重要性

ブランドや商品の認知度を上げるために、実店舗での体験型イベントやポップアップショップの活用が効果的。入浴を手軽で楽しい体験に変える新商品の開発を行う。SNSを活用し、「自分時間」や「癒し」をテーマとしたプロモーションを強化する。顧客とのエンゲージメントを向上させる。

まとめ

バスクリンの取り組みは、伝統を守りながらも革新を続け、時代に合わせた入浴文化の提案を行っていることが強調された。また、製品の開発の元となった温泉地への活性化の支援や会社全体でのエコに対する知識や理解の向上は、温泉と真摯に向き合い、製品開発をしてきたバスクリンだからこその温泉への敬意の表れであり、入浴する際に大前提として必要な水という資源を大切に思っているからこその取り組みであると感じられる。移り行く消費者需要への対応、海外市場への拡大という点においてまだまだ課題が残る中、これらの取り組みが持続的な成長につながるよう、さらなる革新と戦略的展開に期待したい。

文:青山学院大学経営学部 音地李花、松原順正


※本記事はNext Retail Labから許諾を得て元記事と同内容にて掲載しております。
Next Retail Labとは、所属している組織の枠を越え、産学連携で次世代のリテールやサービス業、地域コミュニティやマーケティングについて考えアクションすることを目的とし、緩やかにつながるシンクタンクコミュニティです。NRLでは、月に1度のペースでフォーラムを開催しています。

主催:Next Retail Lab
問い合わせ先
電話:03-6427-9470
e-mail:info@nrl-lab.net

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