【イベント報告】「オムニチャネルと顧客戦略の現在」(5/23 第65回NRLフォーラム)

2024年5月23日、65回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。

Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。

今回は、「オムニチャネルと顧客戦略の現在」をテーマに、「IT小売宣言」によってさまざまな変革を遂げる株式会社カインズから、執行役員CDOの池照直樹氏を講師に迎え、デジタルイノベーションを実現する組織の構築について語ってもらった。

また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。

カインズに来てからの5年間、池照氏が勧めてきた変革の裏には、どのような戦略があったのか、成功に導いたポイントとは、どのようなものだったのか。講演や参加者たちの議論を一部抜粋してレポートする。

■講師:
池照直樹氏 株式会社カインズの執行役員CDO兼CIO兼イノベーション推進本部長

■ホスト:
菊原政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長)

■進行・モデレーター:
藤元健太郎 ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長(NRL理事長)

オムニチャネルと顧客戦略の現在、
デジタルイノベーションを実現する組織能力の構築
(池照直樹氏:株式会社カインズ)

池照氏(以下敬称略):本日は、オムニチャネルと顧客戦略の現在、デジタルイノベーションを実現する組織能力の構築ということをテーマにお話をさせていただきたいと思います。

私は現在、株式会社カインズの執行役員CDO兼CIO兼イノベーション推進本部長として、当社のデジタル化とIT部門、そして新しいビジネスのインキュベーション、この3つの仕事を担当しています。

私のキャリアは、カメラで有名なキヤノンで、レンズのデザイナーからスタートしました。そこからいくつかの会社を経て、ケイ・ピー・アイ・ファクトリーという会社を設立したのが36歳の時です。ここでマイクロソフトのソリューションベンダーとして経験を積み、事業売却の後、マイクロソフトでの開発、ワイン会社の事業再生などさまざまな企業で仕事をしてきました。

カインズに入社したのは、高校の先輩でもあるオーナーから声をかけられたことがきっかけです。最初はデジタル化をどうやっていくのかなど、課題となっているテーマを一緒に考えるような形で関わっていたのですが、5年前に、正式に入社のはこびとなりました。

カインズの事業内容はホームセンターの運営で、事業規模は年間の売上高が5,000億円を少し切るぐらいです。

創業は1989年。最初の十数年は、収益性の高い店舗を作り、それを金太郎飴のように増やしていく…要は店を増やすと利益が上がる、どちらかというと足し算のビジネスによって成長をしていきました。

その後始めたのが、製造小売・SPA化です。簡単に言うとカインズが企画をしたオリジナル商品の販売です。SPA化の大きなメリットは、やはり中抜きが行われないということですね。自分たちでリスクを取って製造することによって、収益性の高い商品を作ることが可能となります。このSPA化をすることで、売上は横ばいのままでしたが、利益をさらに伸ばすことができました。

しかし、このSPA化にしても、やはり足し算の商売です。掛け算の商売、つまりはレバレッジが効いた商売をやるにはどうしたらよいのか、そうした考えのもと出されたのがカインズの「IT小売企業宣言」です。私が入社してからの5年間、このIT小売企業宣言にのっとりどのようなことをしてきたのか、ご紹介をしたいと思います。

「足し算の商売を掛け算に」、最初に手がけた顧客戦略とは

2019年に入社した当初は、そもそもデジタル化やIT小売宣言に向けて何をやるのか、はっきりとはしていませんでした。僕の中ではスケーラブルな商売、つまり今まで足し算だった商売を掛け算の商売に変えていくんだという意識はありましたが、具体的な手法は未定でした。

チームは、エリアマネージャーなど普通にビジネスをしていた4人、それからコーディングのできるエンジニアが3人、この7人プラス僕という顔ぶれです。

このチームで一番最初にやったのが、「顧客戦略」です。会員の内訳と獲得・育成の考え方を整理しました。

僕らの成長エンジンって一体何なんだろうかと会社のデータをひっくり返し、そして見えてきたのが、売上の7割がポイントカードの会員による売上だということです。その7割の売上を占める人たちを、マーケティングの観点で切り分け、四象限のグラフに整理をしました。

四象限の左右が、カード会員とデジタル会員。左側のカード会員は、こちらからアプローチがなかなかできないお客様です。お手紙を出すことはできますが、かなりの費用がかかるため、事実上不可能です。一方で、右側のデジタル会員は、メールなどいろいろな手法で僕らから能動的にアプローチがかけられるお客様になります。

そして四象限の上が来店頻度が多い方、下が少ない方です。こうして分けてみると、この右上のゾーンのお客様、デジタル会員でかつ来店頻度の多いお客様の年間購買額が最も高いこということが見えてきました。結局のところ、右上の会員を増やせば、僕らは成長できるのではないかと仮説を立て、それに従って全ての戦略、アクティビティーを構成していったんです。

右上の人を増やすための一つとして、そもそもこの四象限にも入っていない方たちへのアプローチが必要です。カインズを知らない人たちに知ってもらい、知っているけれど買ったことがない人たちに購入してもらい、購入したことはあるけれど会員ではない人たちに会員になってもらう。

認知度に関して、カインズは北関東だとある程度の認知度がありますが、世の中全体で見ると大して有名ではありません。カインズという存在すら知らない方たちに知ってもらうための仕掛けとして、「となりのカインズさん」というオウンドメディアを作りました。これが今、月々5、600万ページビューくらいに育っています。

次に、そのオウンドメディアなどを通じてカインズを知った方に、店に来てもらう、商品を買ってもらう仕掛けを考えました。ここで行ったのが「目玉のおやじ大作戦」です。店舗からの距離を基軸に同心円を考え、その距離に応じて異なるアプローチを取るという作戦です。目玉の中心部分、お店の近隣の方たちへは、トイレットペーパーなど日常的に使うものをチラシなどでプロモーションします。これはそもそも行っていた手法です。

対して、外側の人達、20キロ離れた人達は、いくら安くてもティッシュを買いには来てくれません。そうすると、カインズらしいプライベートブランドや、大容量のホームセンターらしい商品をプロモートすることが必要です。さらに、この外側は面積が広いので、チラシを撒くにはコストがかかります。そのため、この方たちへはWEB広告で商品を紹介しました。こうして距離と押し出していく商品を重ね合わせていくのが、この目玉おやじ大作戦の内容です。

さらに、店に来てくれたお客様たちを、四象限の右上、来店頻度の高いカード会員に持っていきたいわけです。そこで行ったのが、店頭キャンペーンです。カードを持っているお客様に対して、アプリが便利ですよとご紹介して、デジタル会員になっていただくよう促す取り組みを一斉に行いました。

この時にすごいなと感じたのが、リテールの力です。このキャンペーンでなんと、2ヶ月間で50万人のデジタル会員を獲得してくれたんです。お店ってすごいなってこの時本当に思いました。WEBの世界が長い僕らは、会員を獲得しようと思うと、まずWEB広告が思い浮かびます。WEB広告でポイントキャンペーンみたいなものをやったとしても、2ヶ月間で50万人なんて、とても考えられません。信じられないような数字です。お店が頑張ればこれだけのパワーが出るんだということを実感しました。

なぜ、それだけみんなが頑張ってくれたのか。それは、この「右上に人が集まればみんな儲かるぜ」という極めてシンプルなストーリーに、みんなが賛同してくれたからだと思います。

この顧客戦略の位置づけと進め方に限らず、大切なことは、働いてるみんなが理解できる成長シナリオを作ることではないでしょうか。

例えばデジタルとかオムニとか、そういう言葉は、店舗で仕事をする現場の人達にとっては日々の仕事に関係のないものです。よくIT界隈の方の話を聞くと、すぐに3文字熟語や専門用語を使って、相手がなんとなく煙に巻かれているような気分になっていって、わかっているんだかわかってないんだかわからない…聞き手がそんな状態になっていることがあります。そうした言葉に慣れてない人にとっては、すごくストレスが高いコミュニケーションになっていると思うんですね。

ですから、使う言葉もきちんと考えないといけないし、戦略も簡潔なチャートを使って一言で語れるものにする必要があります。カインズで働く方たちは約5万人います。一言で言えるシンプルな戦略でないと、5万人が誤解をせずに動くことはなかなか難しいと思います。

「店舗出荷」で、売れば売るほど損する赤字のECを立て直す

こうして顧客改革をすすめ、さらには内製化されたエンジニアチームによる業務の効率化などによる生産性改革も行いましたが、一つ大きな課題となっていたのが、ECでした。カインズには、100円とか200円といった価格の安いものや、大きくて運びづらい5,000円の商品などがあります。これらをECで販売すると何が起こるかというと、だいたい配送負けするんです。当時は、財務モデルとしてECが赤字で、売れば売るほど赤字が増えるというような状態がECにありました。

そのため、EC事業を立て直すために、最初の2年間は、売上を伸ばさないでくれと現場にお願いしていました。売上が増えても利益が出ずお金がなくなってしまうので、なんとか今はそんなにたくさん売らないでとお願いをしつつ、その間に収益性の改善に着手しました。

そもそもECが赤字に転落したのは、今から6年前、7年前ぐらいの運送会社の運賃の値上げが大きな理由の一つです。この配送費を減らす方法はないかと考え、思いついたのが「店舗出荷」でした。

配送費は、倉庫のマネージメント費用も含めて配送費としています。この倉庫の費用を削減することで配送費を減らし、ECの赤字構造を改善できないかと考えたんですね。行ったことがある方はわかると思いますが、カインズの店舗は、一般的なEC倉庫より大きく、家賃もかからない。そして、何万という数の物が置いてあり、そのピックアップ要員もいる。さらに、当時は物流倉庫から集中出荷していたのですが、店舗を活用して配送拠点を分散すると、お客様への距離が近くなるため配送費も安くなります。これだ、ということで、この店舗出荷を始めたわけです。これが黒字化につながり、以前はマイナス4から5%だった営業利益が、今はプラス8から9%を維持できるようになりました。

黒字の財務モデルに変わったことを受け、昨年の春くらいから売るぞということで、現在は売上を立て始めているところです。この店舗出荷には、実は副次効果がありました。この店舗出荷にしたタイミングで、出荷した店舗の売上に変えていったんです。すると、ECが売れると店舗が儲かる、店舗の評価が上がるという構造になります。この仕組みに変えたことで、店舗の人たちのモチベーションが上がり、何も言わなくてもサービスレベルが良くなり、当日出荷の割合が95%ぐらいになりました。

店舗出荷は、名古屋港というお店から始まって、今は全部で20拠点ぐらいになり、売上の95%から97%くらいが、店舗から出荷されるという状態になっています。

戦略を支える上で必須だったシステム構造、開発組織の大変革

こういったさまざまな戦略を支える上では、しっかりとしたシステムが不可欠です。システムをちゃんと作らないとうまくいきませんが、私が入社した5年前には、システム構造、開発組織、いずれも課題がありました。まずシステム開発に関して、多くの会社が同じだと思いますが、ほぼ丸投げ状態で外注に出していました。ベンダーごとにシステムができていくので、重複する機能を開発しています。そしてそれを繋ごうとするとぐちゃぐちゃになっていくわけですね。追加機能の開発なども必要になり、プロジェクトが長期化、高コスト体質になっていました。

さらにもっと課題だと思ったのは、システム部門が、ある意味ベンダーに対する口利き役、伝書鳩のような状態になっていたことです。ベンダーの向こう側にはさらに2次のベンダーがいて、システム部門も含めた階層構造が非常に深い状態になっていました。外注依存になっているために、中の人間はシステムがどうなっているかわからずブラックボックス化されており、ノウハウも全て外部にある、人が育たないという悪循環です。

このような状態からのスタートで、まず最初に行ったのは、システムに重複する機能が複数ある中で、どれが正しいものなのか決めるということです。「再利用部品」というものをシステムの上に作り、そこで複雑さを全て吸収していきました。古いシステムの複雑さを吸収した上で、これを再利用することによって新しい仕組みが動くような状態を作り上げる、これが最初のステップです。

それから、仕事の仕方も大きく変更しました。ビジネス部門とシステム部門で一体化したリーダーシップを持つ、そしてどちらが上、どちらが下ではなく、しっかりとお互いに喧嘩できる状態を作ってくださいと伝えました。要件一つとっても、ビジネス要件もあればシステム要件もあります。両方を天秤にかけてどちらが大事かではなく、両方大事なんです。ビジネス要件を満たすためにシステムをぐちゃぐちゃにするようなことがあってはなりません。

そして、要件定義とか設計とか開発とかテストとか、さまざまな工程で外注する、外部の人を巻き込むことはありですが、オーナーシップを担当者がしっかりと持つということも重要です。うまくいかなくても、ベンダーが出来ていなかったとしても、悪いのはしっかりとコントロールできていなかった内部のリーダーです。そういう形に責任の所在を変えていきました。このように開発の仕組みを変えたことで、開発費用も大きく下がりました。現在は、以前の2、3倍の開発力を持っていますが、コストは変わっていません。

大切なことは全部自分たちで作ることではなく、オーナーシップを自分の下に置くこと、これが開発組織においては必要不可欠だと思います。

開発チームの構造は、アメリカのとある会社がやっていた方法をそのまま真似して、国内で175人、インドのオフショア開発センターに125人の合計300人の所帯になっています。オフショアに関しても、何かを作ってくれと丸投げするのではなく、5人ぐらいのチームの中に例えば日本人2人、外国人3人といった一つのチームを作っていくわけです。そして共同作業でものを作り、その海外のエンジニア人材もカインズの社員として取り扱うということを今進めています。その他にも、デジタルマーケティングの人たちが50人ぐらい動いています。

人材採用、既存人材のリスキリングで大切なこととは

こうした人材をいかにして獲得するのか。最初はカインズがデジタル戦略をやると言っても、ヘッドハンターの方も含めて誰も相手にしてはくれませんでした。小売りのホームセンターが何を言っているんだというような感じでしたね。

これはやり方を変えていかないといけないと考え、自分たちの戦略と、今まで何をやってきたかというのを、1時間の面接枠のうち30分間を使って、僕がプレゼンテーションをすることにしました。その上で、さて君は何をやりたい?という話をしていくわけです。君の人生どうしたいの?こんなことをやろうとしてるんだけど君は何がしたい?という話をすると、いや、こんな風なことやってみたくて、今ここが不満でみたいなことを教えてくれるので、だったらじゃあこのポジションはどうだろうかと、候補者と僕とで最後の15分間で相談をするんですね。

こちらから取るかどうか、良いか悪いかを判断するのではありません。ポジションを決めずに面接をして、やりたいことを一緒に探すというスタイルです。僕らと一緒にやりたいと相手に思ってもらう、その環境を作ることを大事に人材確保を勧めた結果、一気に30人ぐらい入ってもらうことができました。

人材の面でいうと、新規獲得のほかに、既存の人材をどのようにリスキリングするかということも大事なポイントです。例えば、最初に僕のところに来た3人のエリアマネージャーの育成、彼らはデジタルのデの字も知らない方たちです。伝統的な小売で仕事をしてきたので、お客様に何か言われたら、このソリューションがいいな、こういう風に対応しようと、いわゆる脊椎反射で動くタイプですね。

現場を見て、良くないと感じたことにすぐに対応する能力が極めて高いと、彼らを見ていて感じました。一方で、腰を据えて長期間のビジネスプランを作るとか、アクティビティの順番を構成するといった仕事は、あまりやったことがないということもわかりました。「〇〇戦略」なんて作ったことがないわけですね。ですから、戦略作りに関しては、やらせてレビューするのではなく、作るところから一緒に進めることにしました。週3、4回、1日3時間くらい時間を使って一緒に戦略作りをしながら、成長シナリオを立てるということはどういうことなのか、何が必要なのか、何をしたら人が納得してくれるのか、そのためにどういうストーリーの構成にしていくべきなのかを徹底的に伝えていきました。

この時に意識したのが、、商売においては僕よりも彼らのほうが先輩だという考え方です。僕も当然上司として来ていますが、小売の現場に関しては知らないことがたくさんあります。戦略を作ることに関しては先生になれるけれど、店舗のことは全く知らないからよろしく頼むという形で進めることが大事ですね。僕のようなデジタルの人間がどこかの会社に行って改革を担当することはしばしばあることだと思いますが、その際、いかに相手の土俵の中に自分を置くかが、とても大切だと思います。

しつこいぐらいにハンズオンやフレームワークを教えこみ、最終的には来た人達全員、メインの小売のキャリアパスに戻しています。3年ぐらい修行をやった人材を元の部署に戻すと何が起こるかというと、その人達の変革のやり方、僕らが3年間進めてきたことが、他の部門に伝播していくんですね。その人達がキーになって、3人だったのが9人になり、9人が掛け算で81人になり、そうやって組織というのは、基軸になる人を戻すことによって、自然発生的に、細菌のように増えていくんです。

こうして、新たな人材のハンズオン育成につながる、そうした効果を見越して既存人材のリスキリングをしていくことがポイントなのではないでしょうか。

【ディスカッション】
カインズの変革、成功をもたらした背景に何があるのか

講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。

■ディスカッション参加フェロー
・神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授 (NRL常任理事) 中見真也氏
・株式会社CaTラボ 代表取締役(フェロー) 逸見光次郎氏
・店舗のICT活用研究所 代表(フェロー) 郡司昇氏
・阪南大学経営情報学部専任講師(ゲスト) 今井紀夫氏

藤元:最初に私から質問させていただきます。普通は、デジタルCDOといっても、結局はデジタルマーケティングだけだったり、ECだけだったりする人も多いと思うんです。一方でお話を聞いていると、本当のシステム開発から全部を担当されて、それをしっかり握って力を持っているところが、ここまでの成功の一番のポイントなのかなと感じました。

しかしそうはいっても、やはりこれまで培ってきたシステムがあり、保守運用で手いっぱいで新しいことをやる余裕なんか全然ないという日本企業が多い中で、どうやって実行していったのか、例えば在庫管理一つとっても、できるように新たに作ったのか、既存の部分がある程度実はやりやすかったのか、その辺はどうやってすすめたのでしょうか。

池照:まず最初に決めたのは、既存のものに手を入れないということです。なぜかというと、バックエンドを直すと考えると、5年、10年といった期間が必要になってしまいます。チームを作って5年、10年、僕が何の結果も残さなくていいのかというと、そんなことないわけです。

じゃあ、その後ろ側を直さないで、フロントエンドで新しいものを作る方法って一体何があるんだろうと、いろいろな人に聞いたんですね。そしたら、アメリカのとある小売会社のバックエンドがとんでもなく古いはずだと。どうやっているのか聞いたら、これは部品化をするためのソフトウェアがあると言うので、それを紹介してもらい、それで後ろ側をいじらなくても、フロントエンドのアプリケーションができるようにしたんですね。今のアプリケーションというのは、全部そうやってカバーされていて、古い仕組みを意識しなくて済むAPIを使ってものが作られている、そんな状態です。

中見:今日のお話を伺ってきた中で、カインズさんの中に、DXをすすめるステップがあったんだなと感じました。例えば今後、モノからコト的なところをどう価値提供していくの
か、デジタルをいかに手段として活用しながら、店舗でもステップを踏んでいくのかと考えたときに、池照さんが描かれている、5年、10年先のカインズというのは、どのようなステップチャートがあるのでしょうか。

池照:5年、10年のタイムフレームではなくて、2、3年という期間でどうするか、ということをまさに今、やっています。モノからコトへという点に関しては、僕らはディズニーランドではないので、コト自体を売ることはできず、コトをきっかけにモノを売ることが恐らく僕らの仕事なんだと思うんですね。

一方で、いろいろなライフスタイルに合わせてコトを提案して、モノを買ってもらうことが店舗で可能かというと、これは不可能です。なぜかというと、例えば夏場のナントカ企画みたいなものを売り場で展開したとして、できても5個ぐらいですよね。でも、世の中のコトニーズは数100万という単位であるわけです。だから、そのコトからモノへの変換という部分は、WEBで作っていこう、それも自分達が作ると大変だからCGMにしていこう、そんな戦略がここ1、2年の中で出てくると思います。

例えば、アプリの中で、店内マップが展開されたり、そのままショッピングカートに入れて、ECで買えるようにしていったり、そんな流れを今作ろうとしているところです。

中見:ありがとうございます。デジタルだけで閉じない、リアルと親和性を持ちながら、かつカインズさんらしい買い物体験、顧客体験をどう作っていくのかという点についてはいかがでしょうか。

池照:マーケティングや店舗エンジニアリングなど少しずついろいろな立場の人間をフルセットで用意した「ミニカインズ」があるんです。このミニカインズが、おっしゃるような店舗での顧客体験とネットをどうあわせるかという取り組みをやっています。

例えば、お客様が歩いていてアウトドア商品売り場のところに近づくと、アウトドアのオススメ商品が出てきます。要はロケーションベースの店舗の中でのオススメがあって、ある意味これもリテールメディアと言えますね。

若干面白さを加味した、宝探しみたいな仕掛けもあります。特定のエリアに近づいて何かアクションを起こすと、カインズポイントがチャリチャリって落ちてくるとか。それから、ARの犬が案内してくれるなんていうものもあります。スマホをかざしてどこかのロケーションに行くと、スマホ上でAR的な体験をすることができるものです。

いろいろな意図はあるのですが、まずはテクノロジーとして可能なのかどうか、そしてそれがお客様に対して価値を生むのかどうかというPOCを今進めているところです。

今井:人事制度について、お伺いさせてください。AI人材、IT人材は各社が欲しい人材ですが、ともすると、うちの会社はお金がないから取れないと困っていらっしゃる企業も多いのではないでしょうか。

カインズさんの人事制度は、仕組みを工夫することによって、必ずしもお金だけの勝負にはならないという良い例として見ることができるのではと思うのですが、制度を作り上げる上で、また実際に施行する上でどんな部分が大変だったのか、あるいは実際に始めてみて、当初思っていたことと違った部分があれば、教えていただきたいです。

池照:カインズには、「DIY HR®」という人事制度があります。この仕組みを作るときに意識したのは、ちゃんと複線化されたキャリアパスを作るということでした。小売の給与体系というのは、基本的にはお店に入って、店長になって、エリアマネージャーになって、本部に来てという流れで、元々ITの人材が入ってくることを想定していないので、IT人材にも対応できるものを作りました。

また、苦労したのは、評価の部分です。ある意味ジェネラリストの育成パスしかない状態の中で、ITのスペシャリストが入ってきた時に、全く経験のないスペシャリストの評価をしなければなりません。その評価の中身を作っていくのが、一番の難しいところでしたね。

評価の考え方のベースにあるのは、決まった給与体系があって、それに当てはめるのではなく、アウトプットを評価して給与を支払うというものです。給料は会社が決めるのではなくて、マーケットが決めるものだと僕は思っています。一般的には、社内の平等主義という考え方が根強くあると思うんです。でもそれはルールの下に平等なわけであって、経済とか能力の下に平等なわけではないですよね。みんなを同じにしないといけないと思いがちですが、そうではなく、アウトプットに対してお金が支払われることが、本来一番フェアな状態なのではないでしょうか。

高い給与を支払えない、お金がないから取れないという考え方も当然あると思いますが、大事なのは、そのチームを作ったらどれだけ儲かるか、それをきちんと理解できていることだと思います。要は一人一人の給与という枠で考えると、支払えない、足りないという意見が出てきてしまいますが、最終的に僕らが作らなければいけないのはボトムのプロフィットなんですよね。もし、ボトムのプロフィットを作るために人を採用して、それが一人の人によって100億円増えるとしたら、その人に1億円出しても安いはずです。結果、高いか安いかはそういうことであり、ボトムのプロフィットをしっかり出せるなら、お金がないから雇えない、という悩みはなくなるのではないかと思います。

郡司:僕はよく千葉県の八日市場にあるお店に行くんです。そこでは、ベイシアの食べ物もカインズの掃除用品も一緒に買えるというお店になっているのですが、そういう時のシステム部門同士のやり取りはどういうふうにやっているのでしょうか。

池照:今はどちらかのものを使っています。このお店ではカインズ側を使おうとか、どちらかに決めてやっている状態です。

これは本来、正しい方法ではないんですよね。正しい方法ではないのですが、うちはホールディングス会社があるわけではなく、たまたまオーナーが同じ2つの会社がある。正確に言うと、日本の商法でいうとグループ会社ではないんですね。

なぜこういう形にしているかというと、実は名誉会長である先代の会長の、ホールディングス会社は作るなという教えがあるからです。会社間の調整をするような人間が出てきたら、会社というのは絶対にスピードを落とす、だから作ったらダメだという教えです。作らないことによる不具合は結構あります。例えば商品開発、僕らとベイシアは、同じようなカテゴリの同じようなものを作っています。名誉会長はそれでいいんだと、そして競争しろと言っています。効率なんかよりも成長の方が大事だという、そんな価値観ですね。

逸見:戦略を練るためには時間が必要になります。決められた時間の中で定量的な数字を出し、戦略によって何がどう変わるかを出さないとなりません。この辺りは、いろいろなクライアント、コンサル先で聞いていても、上にどう説明するか皆さん悩んでいるところです。先ほどお話がでた、ECをすすめると逆に利益がどんどん下がるから、今は止めないといけないというようなお話は、確かに合理的ですがなかなか説明しきれないというジレンマがあります。戦略をちゃんと練ってから進めるために、池照さんの方で意識していることと、カインズの事例などはあるのでしょうか。

池照:大事なのは、「金になるかならないか」ですね。それだけを考えて順番を決めることが大事ではないでしょうか。

本当に経営者としてやらないといけないことというのは、当然血を止めること、そして止血しながら次の戦略を描くこと。止血しながらも、今ある限られたキャッシュの中でできる成長戦略って一体何なんだろうと考えることですね。

いろいろなことはお金がなくてできないわけですから、広範囲に見る必要はないんですよね。いろいろなことができないから、1個のことをディープに行うわけです。1点突破型の戦略を最初は作るべきなんだろうなと思っています。

かつてお世話になったとある企業の会長は、これを押しボタンという言葉で呼んでいました。押しボタンはどれなんだと。ボタンなんていくらでもあるけれど、今押して一番効くボタンはどれなんだ?と聞き、その押しボタン以外は押すなと言う。

そうやって一つにフォーカスを決めるのは勇気がいることです。他のボタンを押したほうがよかったかなと途中で思うことがいっぱいあるわけですよ。でも自分が押したそのボタンを信じる、これが大事かなと思います。

まとめ

大胆でありながら、現場で働く方たちへのきめ細かい配慮を持って、歴史ある小売業の大変革を成し遂げている池照氏。カインズの今後の展開、さらなる成長に期待が寄せられている。


※本記事はNext Retail Labから許諾を得て元記事と同内容にて掲載しております。
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主催:Next Retail Lab
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電話:03-6427-9470
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