河瀬誠×藤元健太郎 対談「2040年に向けて社会・生き方・企業はどう変わるか」
2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を手がかりに、各分野の有識者に未来を考えるヒントを伺うFPRC未来コンセプト対談。第5回目となる今回は、「超江戸社会」に関連して、立命館大学(MBA)客員教授・MK&Associates 代表の河瀬誠氏に、未来の企業・社会・生き方など幅広いテーマについて伺った。
河瀬氏には、「未来コンセプトペディア」から重要だと思うカードを計22枚選んでいただいた。それを3つのグループに分け、①工業社会と資本主義の変容、②エネルギー・移動がただになる、③人生120年時代の到来をテーマにお話を伺った。また、④日本企業が競争力を取り戻すために必要なことについても議論した。
プロフィール
河瀬 誠 立命館大学(MBA)客員教授、MK&Associates 代表
東京大学工学部卒業。ボストン大学にて理学修士および経営学修士(MBA)修了。A.T.カーニー、ソフトバンク、ICMGを経て、現職。大企業を中心に主に新規事業開発や海外戦略などに従事。著書に『経営戦略ワークブッ ク』『戦略思考コンプリートブック』『新事業開発スタートブック』『海外戦略ワークブック』(以上、日本実業出版社)など。
藤元 健太郎 D4DR 代表取締役、FPRC 主席研究員
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。
①工業社会と資本主義の変容
河瀬氏が選んだカードの1つ目のグループは、「モノを持たない価値観」「コモンズ利用の拡大(専有から共有へ)」といったライフスタイルの変化、「株主市場主義からの脱却」「価値交換手段の多様化」「サーキュラー・エコノミーの進展」といった経済の仕組みの変化などに関するものである。
河瀬氏は、産業革命以来続いてきた工業社会が変容してきていると指摘する。
河瀬 工業社会は物を持っている人が強く、物を作るための設備を投資する資金を持っている人が強いという世界でしたが、今は物が有り余っていて、物をたくさん作って売ろうと思ってもなかなか売れませんよね。つまり、工業社会の価値が下がっているんです。また、伝統的な資本主義もあまり機能しなくなってきています。金利はどんどんゼロに近づいていますが、これもお金を持っている人が強いという資本主義の特徴の一つが変質しているということの現れですよね。
藤元 インターネットによって貨幣の交換より情報の交換が早くなることで、貨幣の価値が下がるという面もありそうです。個人間のマッチングがAIなどで超効率的に最適化されると、貨幣を介する必要性が減りますから。
藤元は、コモンズなどによる相互扶助経済の存在感が大きくなり、一部では生活していくために最低限必要なものは相互扶助経済でまかなえる仕組みが実現するのではないかと話した。
次に、サーキュラーエコノミーに関して、河瀬氏は、物の再利用があまり行われてこなかった理由は、そもそも物が足りず新しく作ることに価値があったこと、どこに何があるかわからなかったことにあると指摘した。それに対し、藤元は物に関する情報の管理が最適化されると、再利用や再生が自然に行われるようになるのではないかと話す。
河瀬 江戸時代のような、傘の貼り直しや下駄の修理、包丁研ぎといったこともスタンダードになっていくのではないでしょうか。
藤元 そうですね。江戸時代には服もツギハギ利用は当たり前で、燃やして出た灰を肥料にするところまですべてが循環しているんですよね。
河瀬 江戸時代は貧しいからそのような仕組みが発達していましたが、これからまた貧しい世界に戻るかというとそうではなく、テクノロジーで当たり前にサーキュラーエコノミーが成り立ち、むしろ豊かな世界が実現するということなのではないかと思います。
藤元 今後は富裕層と低所得層の二極化が進むと予想されていますが、必ずしも所得が低い人たちが不幸かというと、これからはそうではない社会モデルが作れるということでしょうね。
富裕層と低所得層の二極化に関連して、ベーシックインカム制度についても議論が及んだ。藤元は、ベーシックインカム制度の議論では従来はセーフティネットの役割が強調されることが多かったが、最近は少ない所得でも楽しく生きられるという意味合いに変わってきているのではないかと指摘する。
藤元 今の日本は、低コストで結構幸せに生きていける社会になってきていますよね。ランチは500円以下で結構美味しいし、服はユニクロ、GUでOKとなると、衣食住の部分は豊かに生活していけます。そのすべてが良いとは思いませんが。
河瀬氏は、すでに存在するリソースをうまく回していけば低コストで生活できるという議論を肯定しながらも、AIで今ある仕事の大部分が代替できるようになると、仕事を奪われて生活が成り立たなくなる人が出てくるという点に言及した。そこから、従来は無用とされたことが新しい価値として成立する世界についても議論が及んだ。
河瀬 今の経済の仕組みのままではAIに仕事を奪われた人たちは生活できなくなりますが、それはあるべき社会の姿ではないですよね。機械が底上げしてくれるからこそ、リッチにはなれなくてもハッピーに暮らせるのでは、という議論が必要だと思いますね。
藤元 ネットでライブ配信を行って収入を得ているライバーやVtuberは、働かなくても生きていける世界の始まりの象徴のような気がしています。彼ら彼女らは、コロナ禍では「不要不急」とも言われたような自己表現の分野で価値交換を行っていますよね。今までの社会の生産性の定義とは違っても、見てくれている人たちに幸せを与えているんだ、ということに価値を見出す新しい生き方なのではないでしょうか。
河瀬 本来は別に価値提供なんてしなくてもいいとも思うんですよ。高度経済成長期の前までは、居候みたいな感じで何もしないけど食べていっている書生のような人もたくさんいましたよね。人生120年の中でそういうタイミングがあってもいいし、それで普通に生きていけるよね、という世界はありかなと思います。
また、江戸時代の書生や寺子屋といった仕組みは、富裕層の社会貢献になっていたことを藤元は指摘する。
藤元 ノブレス・オブリージュなどといいますが、今後は江戸時代のように、税金を払ったり投資するだけではなく、富裕層の社会への新しい貢献の仕方が広がるかもしれませんよね。目をつけた人を引き上げて、既存の教育制度に任せず自ら教育を担っていくなども考えられます。
河瀬 マズローの欲求段階も示すように、自分だけが幸せということからは脱却するのがこれからの世界だと思います。資本主義ではどうしてもお金が溜まるところには溜まってしまうので、そのれを他に回す仕組みを考える必要がありますね。稼いだお金は全部自分のもの、という考え方は一昔前のものだと思っています。
②エネルギー・移動がただになる
次に、エネルギー、都市、モビリティに関する項目についてお話を伺った。
河瀬氏は、この分野で2030~2040年の社会を考える上で一番の鍵となるのは、エネルギーが「実質ただ」になることだと話す。太陽光や風力発電のコストは、ここ10年で圧倒的に安価になったという。例えば、太陽光の発電コストは10年前は石炭の単価の4倍だったが、今は4分の1ほどに下がっている。
(出典:Our World n Data「Why did renewables become so cheap so fast?」)
河瀬 半導体や液晶テレビと同じで、さらにこれから10年でも同じ勢いで安くなっていくとすると、単価は今の感覚でいうとほとんどただになるでしょう。
藤元 今のブロードバンドは定額制で皆さんもうあまり気にしなくなったと思いますが、それと同じような感覚ということですよね。
河瀬 そうですね。月5000円くらいで海外の動画サイトも見放題じゃないですか。20年くらい前だとありえないですよね。
ただ、太陽光パネルでただ同然に発電できるようになったとしても、日本は山が多く、大量にパネルを設置して発電量を確保することはできない。
河瀬 アメリカ・中国・インドといった国々は、広大な砂漠があるので人口が多くても電力を十分賄えるようになります。今はロシアから天然ガスを輸入したりしていますけど、その必要もなくなるでしょう。一方で、日本は再生可能エネルギーだけでは必要な電力を賄えませんから、オーストラリアから液体窒素の形で輸入するなどの方法が検討されています。
また河瀬氏は、もう一つの鍵として自動運転技術による移動の変化を挙げる。
河瀬 自動運転技術が当たり前になると、移動も自由になり、生活や産業の基盤が大きく変わります。今の都市は車中心の作りになっていますが、自動運転車の普及によって車が占める面積がどんどん小さくなるので、都市が人間中心に設計されるようになるのは間違いないと思います。
藤元 駐車場スペースがほとんどいらなくなって、空いたスペースの有効活用が進みますよね。
そして、MaaS(Mobility as a Service)が発達することで移動が定額になり、あまりコストを気にしなくなることで「実質ただ」になることによる可能性を藤元は指摘した。
藤元 その結果、ブロードバンドが低価格化・定額制になったことでデジタル社会が発達したのと同じようなことが、都市の移動の世界で起こると思っています。都市周辺のビジネスがとんでもなく広がりますよね。
③人生120年時代
三点目は、「人生120年時代の到来」を中心とする社会やライフスタイルの変化について議論した。
河瀬氏は、今後の医療技術の進化を踏まえ、「若い人は120歳まで生きることを当たり前として考えたほうがいいのではないか」と話す。
河瀬 ヘルスケアとライフサイエンスの進化で、人は120歳まで老化しないで生きていけそうということが見えてきました。これからは、今の医療が今から見た江戸時代の医療水準と同じくらい古いものに見えるくらいの医療水準になっていくでしょう。
また、今の社会は平均寿命が60歳程度であることを前提として作られているので、根本条件が変わっていくと思います。例えば婚姻制度は、20~30歳で結婚して60歳頃までを前提としていますが、これからは下手すると100年持たせないといけない、なんてことになります。そうすると、家族の概念は相当変わってくるのではないかと思います。
藤元 日本社会では、幸せの基準が「結婚して子どもを持って家庭を築くこと」になっていて、それを選びたくない人からすると自分が社会から外れているように思えてしまう、というところがまだあると思うんですよね。ひとり親を最初から選んでも全く問題ないとか、複数回パートナーを変えていくとかが当たり前、となるとみんな楽になりますよね。
河瀬 そうですね。20年経てばかなり考えは変わると思います。例えば120歳まで健康でいられるとすると、30~40代で子どもを育てて、50~60代は独身を謳歌して、70~80代は別の国で暮らす、など今の人生を5~6回過ごすような感じになるのではないでしょうか。
④日本企業が競争力を取り戻すには
最後に、日本企業が競争力を取り戻すにはどうすればいいかというテーマでお話を伺った。河瀬氏は、約200年間続いてきた資本主義と工業社会が大きく変化する中で、これからは別のものが価値を持つようになるのではないかと話す。
河瀬 資本主義は資源を収奪し、工業製品に変えて豊かさにしていく仕組みで、工業社会はその時に必要な生産力と金融資本が最も重要な社会でした。しかし、今はその二つの力は落ちてきていていて、経済の仕組みや産業構造が変わっています。これからの社会で価値を持つのは、工業製品ではなく文化や生き方、美意識といったものなのではないでしょうか。
藤元 日本の社会が持つ価値はソフトパワーになると思っています。例えば、日本の食文化はここ20年で相当世界に広がりましたよね。個別企業というより日本の社会全体でどのような価値を発信していけるかがポイントになると思います。
日本の製造業は、「カイゼン」によって世界で発明されたものを安く、質の高いものに仕上げる能力が高く、それが競争力を高めてきた。日本企業の強みと言われる改善も、それ自体がテクノロジーによって変化しているという。
河瀬 これまでは人の力で改善が行われてきましたが、今はデジタルツインで何百倍、何千倍のスピードでできるようになっています。改善は部分最適に陥りやすく、DXの壁になっていると言われることもありますが、組織設計が足かせになっているのではないでしょうか。
藤元 これまでは工場の改善の機能が強く、本社機能の立場としては工場に任せておけばよかったのが、その強みが変化して欧米のように強い本社機能が重要になるのでしょうか。
河瀬 逆に、本社機能は縮小して、投資機能に専念すると良いのではないかと思います。ホワイトカラーの仕事はAIで半分くらい代替されますから。
藤元 組織の作り方や、個人が持つべき専門性やスキルも変えていく必要があるのでしょうね。
また、日本にとって参考となる仕組みとして、イタリアの中小企業の例が挙がった。
藤元 日本のように大きな企業の下に小規模の系列企業が紐づいている仕組みだと、一度大きな企業の投資力が落ちてくると全体が落ちてしまうという弱点があると思います。イタリアでは、たくさんの中小企業が世界に向けて戦っていて、参考にすると良いのではないでしょうか。
河瀬 これからはある技術などピンが立ったものが世界中に伝播して、お金がドカンと入ってくる経済の仕組みになるので、系列の中で閉じた世界より、開いていたほうがスケールの大きいことができますよね。
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