行列という顧客体験
先日携帯キャリアが無料クーポンを配布したことで吉野屋に大行列が発生して話題になった。ネット上では「たった380円に2時間も並ぶなんて日本はなんて貧しい国になったんだ」というコメントまででていた。確かにロジカルに考えるとそうだが,それでも「行列」というイベントにわくわくしてしまう国民性があることも一方で事実だろう。
誰もいない店舗よりは行列ができている待たされるお店の方が価値が高いと感じる。そしてやはり「並ぶという体験」はデジタルでは体験できない価値だ。「わざわざ並んでまで手に入れた価値」というのは貴重な体験価値であり「2時間待ち」「徹夜で並んだ」など厳しく苦労が多い体験であればあるほど体験ストーリーとしても価値を持つ。行列には人気がありそう,苦労を体験価値化しようという両面の効果があるのだ。新しく出来た話題のお店の行列に並び食べた後に「まあ思った通り味はいまいちだね」という評価をしている人なども多いが,わざわざ美味しいわけでも無いいまいちな味を確認しに行列に並ぶのは,現代では話題の体験価値を共有することの方が食べることで得られる価値よりも重要であることを示していると言えるだろう。
一方でオンライン上ではわざわざ苦労してまで体験価値化する要素は少ないので,行列の持つにぎわいをどのように来訪者に意識してもらうかのUIや機能の工夫がされてきた。例えば1990年代後半の初期のECショップでは人気の店舗かどうかを判断するのに「来店カウンター」というのがサイトについていた。今では何のことかわからないと思うがサイトのトップページに「あなたは○○人目の来訪者です」と表示されているサイトが多かったのだ。
これにより,「たくさんの人が来ている人気サイトなんだ」と感じさせる効果があった。その後楽天などでは最近の注文情報の一部を表示して,購入者が実際たくさん訪れているにいることを見せるような工夫が始まった。またギャザリングという形で同時に複数の人が購買することで安くなるという方法が流行ったこともあった。この場合何人が一緒にその商品を買い物しているかが可視化される。まさに行列しているから私も一緒に購入してしまおう。しかも安いし。という心理効果がはたらく。しかし,どれも最近ではそれほど利用されていないようで,なかなかWeb上でにぎわいを演出するのはまだまだ難しく,レビューや口コミの数が一番無難という感じになっているのも事実だろう。
ただ筆者が一番最近よくできているなと感じるのは食べログでサイト上に「本日行きたいと言っている人が○○人います」と表示される機能だ。にぎわいをリアルタイム感で演出する効果が上手くできていると感じる(一部のブラウザだけの機能のようだ)。最近は予約機能が使える店舗が増えているので表示されるタイミングもどうしようかなと迷っている時にポップアップ的に「行きたいと言っている人が3人います」と表示されると「早く予約しないと席が埋まってしまうかも」と思ってしまう効果がでている。まるでリアルに店舗の前に居て入るかどうかを迷っている時に次々と顧客が店内に入っていくような状況をオンラインで再現している。
ストレス無く,簡潔に予約や購買まで誘導することをログデータの結果などから改善し,最適化することが多いECサイトだが,割引きだけに頼らない購買意欲を高める仕組みも求められている。オムニチャネル時代のカスタマージャーニーの中では,こうした行列に価値を感じるような人間の行動心理や体験価値をどのように取り組むかというような新しい顧客体験への挑戦もあらためて重要になる可能性もあると言えるだろう。
Sho Sato
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