EdTechが変えるアフターコロナの教育(第九回)
【特集】アフターコロナ時代のビジネス戦略 とは
D4DRでは、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行を経て社会がどのように変化するか、そして各業界がどのような戦略にシフトしていくべきなのかを考察した「アフターコロナ時代のビジネス戦略」を毎週連載しています。
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アフターコロナ時代のビジネス戦略 -教育業界-
新型コロナウイルスの感染拡大による学校の臨時休校によって、学校が閉鎖された場合にも子どもの学びを保障することができる仕組みを作る必要性が可視化された。その実現に向けて大きな可能性を持っているのが、EdTech(エドテック)と呼ばれる分野である。EdTechは「教育におけるテクノロジーの活用」を指し、昨今スタートアップをはじめとする多数の企業がEdTechのサービスを展開している。
本記事では、第一回「不可逆なアフターコロナ時代の視座”4つのY”」でご紹介した”4つのY”を参照し、アフターコロナの教育を考える。EdTechが小中学校・高校の教育をどのように変えるかという点を中心に、EdTech活用の前提となるICT環境の整備や、教育分野におけるパーソナルデータの活用についても取り上げる。
学校・家庭でのICT環境の整備が急速に進む:Mixed Reality
日本の学校と家庭のICT環境整備は、海外に比べて遅れていると言われてきた。それが、新型コロナウイルスの流行を機に環境整備が急速に進む見込みである。その背景には、学校の臨時休校時に有効な対応が取れなかったことへの危機感がある。海外では、臨時休校時にオンラインでの遠隔授業を広く実施した事例もある。一方、日本ではICT環境整備の遅れが足かせとなり、オンライン授業を実施できるのは一部の学校にとどまっていた。
「児童生徒に1人1台端末」を整備する計画は以前からあった。文部科学省が2019年12月に発表した「GIGAスクール構想」は、「児童生徒に1人1台端末」と「高速大容量の通信ネットワーク」を2023年度までに整備する内容を含んでいる。構想は新型コロナウイルスによる臨時休校を受けて前倒しされ、2020年度中の実現を目指すこととなり、政府が4月に閣議決定した緊急経済対策予算においても、ICT環境整備のため2000億円以上が計上されている。
以前から端末整備を進めていた自治体では、早期に「1人1台」を実現することを決定した事例もある。すでにモデル校においてWindows端末を1人1台整備している東京都港区では、区立小中学校にiPad1万1000台を2020年度中に整備すると発表した。 (参照:東京都港区プレスリリース)
ICT環境が十分に整備されれば、学校での教育はどのように変わるだろうか。2011年からICT活用を推進してきた富山国際大学付属高校では、生徒全員が端末を持っている。コロナの影響で4月9日から臨時休校となったが、4月23日には全校生徒が全教科で双方向のオンライン授業を利用できていたという。休校期間でない通常時には、英語の授業でネイティブスピーカーと話したり、1年生が2年生の範囲を学習したりと活用法はさまざまである。授業時間外に世界の大学のオンライン講座を無料で受講できる「MOOCs」を利用している生徒もいるそうだ。(参照:富山国際大学付属高等学校 学校トピックス)
このように、ICTは双方向型のオンライン授業の実施を可能にするほか、普段の授業に学校外のリソースを活用して内容を充実させたり、児童・生徒による自主的な学習を促したりする効果もある。
オンライン授業には、ライブ配信で教師と学習者がやり取りをしながら進行する双方向型と、撮影・録画された動画を学習者が視聴するオンデマンド型がある。双方向型はコロナによる休校で注目されるようになり、早速ZOOMなどを活用して双方向型の授業を始めた小中学校や高校もある。双方向型の授業については、休校時にもリアルに近い授業が行えるというメリットがあるが、インターネット回線への負担が大きいことや、教師と生徒の信頼関係ができていない状況では効果的に実施するのが難しいといったデメリットも指摘されている。一方、オンデマンド型はコロナ前から「Classi」や「スタディサプリ」など多くの高校生が利用するオンラインサービスで配信されており、すでに質の高いコンテンツが蓄積されている。対面授業が難しい状況下では複数の形式のオンライン授業を組み合わせて対応していくべきであるという専門家の提言もある。 (参照:「オンライン授業の是非を問う(1)学校現場の葛藤と最前線」)
対面授業が実施可能になっても、オンライン授業を活用する動きは続くだろう。リアルとデジタルをどのように組み合わせて効果的な学習を実現するかの試行錯誤が続きそうだ。
Edtechによる個人に合った柔軟な教育の実現:Flexibility
EdTechには、オンラインの動画講座や授業支援アプリ、AIやIoT、VRといった最新技術を活用した教材など、さまざまなサービスが含まれる。その中で、アフターコロナの教育において特に注目すべきなのは、「アダプティブラーニング」と呼ばれる分野である。アダプティブラーニングは学習者の理解度に合わせて学習内容やレベルを調節する学習法で、効率的に知識・技能を習得できる。例えば、株式会社COMPASSが提供しているAI型タブレット教材「キュビナ(Qubena)」は、AIが子どもの得意・不得意を分析し、個人に合った問題を自動的に出題する。キュビナを使用する実証実験を行った東京都千代田区立麹町中学校では、1年生の数学の授業時数を約半分に短縮できたという。日本の教員は世界一忙しいといわれるが、アダプティブラーニングを活用することで授業負担が軽くなれば、子ども一人ひとりへきめ細やかな対応ができる時間が増え、より個人に合った柔軟な学びを実現できると考えられる。 (参照:「【AI時代の教育を探る】単元学習短縮でSDGs探究実現」)
もう一つ、アフターコロナの教育でカギとなるのが、「探求型学習」や「アクティブラーニング」と呼ばれる、新しい学習形態である。これらは、生徒の主体的・能動的な授業への参加を促す指導法や学習法を指す。学校では、体験学習、調査学習や教室内でのグループワークやディベートなどが行われる。新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」と表記され、2020年度以降、小中学校・高校で実施されることが決まっている。教員から生徒へ一方向的に講義をする学習形態では難しかった、自立的な思考や主体的な行動ができる能力を育てることができると期待されている。
麹町中学校の実証実験では、キュビナを使ったアダプティブラーニングで短縮できた授業時間の一部を利用して、SDGsの「探求学習」を行ったという。このように、EdTechで単元学習を効率化することで生まれた時間は、新しい方法による学習に充てられるだろう。コロナを機に学校でのEdTech活用が進めば、将来的には一斉授業形式がなくなる可能性もある。教科知識は一人ひとりが自分に合ったスピードと方法で個別に学び、他の時間はグループ活動や体験活動を行うため一か所に集まる必要がなく、子どもたちがばらばらに過ごす光景が一般的になるかもしれない。
教育・学習データの活用が進む:Traceability
学校などでのICT活用が進むと、教育現場で学習履歴や行動履歴のデータを収集できるようになる。収集されたデータは、可視化・分析され学習の質の改善などに活用されるほか、個人に紐づいたデータを記録して活用する取組も加速すると考えられる。
日本で始まっている教育パーソナルデータの活用事例としては、学習や活動の電子記録「eポートフォリオ」が挙げられる。文部科学省が推進する「JAPAN e-Portfolio」では、高校生活の授業や課外活動や、取得した資格・検定の成果をまとめて記録でき、大学入試にも活用されている。
米国では、個人の教育や学習、職歴などに関するデータを流通させることで、教育機会の平等化を実現しようとする構想がある。米国に拠点を置くNPO「ラーニング・エコノミー」による取り組みである。個人はラーニング・エコノミーのシステムに自らの教育や学習、職歴などに関する情報を提供し、そのデータはブロックチェーンを活用したシステムによって集約的に管理される。教育やキャリアに関するデータを利用したい企業や公的機関はラーニング・エコノミーに対価を支払い、データ提供者は無償で学習する機会を得られるという仕組みだ。(参照:「「スキルは新しい通貨」になる? 教育の常識をブロックチェーン&データサイエンスで変える「ラーニング・エコノミー」」)
上記のような、教育・学習に関する個人データの蓄積と活用には、専門機関に認定された事業者がパーソナルデータを管理し、信託を受けて運用する「情報銀行」のような仕組みが採用される可能性がある。将来的には、小中学校から社会人教育までの教育データを蓄積し、個人がデータを管理するデータベースも実現する可能性がある。
人材の多様化、プラットフォームの多様化:Diversity
学校での学習の変化に伴って、学校で教える教員の多様化も進む可能性がある。現在進んでいる学校の変化は、新型コロナウイルスへの対応によるオンライン授業の導入だけではない。2020年度から始まっている新学習指導要領では、小学校でプログラミング教育が必修化し、英語学習も強化される。そのような変化に対応して、民間やフリーランスの人が「複業」として教員の仕事を探せるプラットフォームの試験運用が始まっている。将来的には、民間人材が学校現場で活躍することが一般的になるかもしれない。(参照:「オンライン教育推進における学校現場をサポート、「複業先生」開始」)
また、第一回記事では、OSやプラットフォームの多様性(“Diversity”)を確保する重要性を指摘していたが、教育分野においても同様である。EdTechが普段の学びに不可欠な要素となれば、一つのプラットフォームに頼ってしまうとそれが使えなくなった場合に学びの機会が失われてしまう。そのような事態を避けるため、プラットフォームがダウンしても学習サービスを継続できるよう、多様なツールやシステムを使用できる環境を整備する必要がある。
まとめ
ここまで、第一回のキーワードである「4つのY」を参照し、新型コロナ流行がもたらす教育分野の変化を考えてきた。4つ全てに共通するのは、個人や状況に合わせた柔軟な教育の実現に向けた変化であるという点である。明治期から150年近く続いてきた一斉授業形式が変化しようとしていることや、9月入学に関する議論が活発化していることからもわかるように、パンデミックは教育を大きく変える契機になりうる。学習を個人の性質や環境に最適化することと、どのような環境でも学ぶ機会を保障できる柔軟性を確保することは、今後の教育の変化における鍵の一つとなるだろう。
次回「アフターコロナ時代のビジネス戦略」のテーマは「通信・セキュリティ」、6/10(水)更新予定です。
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