コロナが都市に与える変化 ―スマートシティに求められるもの-(第六回)
【特集】アフターコロナ時代のビジネス戦略 とは
D4DRでは、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行を経て社会がどのように変化するか、そして各業界がどのような戦略にシフトしていくべきなのかを考察した「アフターコロナ時代のビジネス戦略」を毎週連載しています。
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アフターコロナ時代のビジネス戦略 -スマートシティ-
D4DR FPRC(フューチャーパースペクティブ・リサーチセンター)
上席研究員 早川慶朗
(スマートシティデザイナー 株式会社Andeco主宰 博士(工)・一級建築士)
グローバリズムとパンデミック
2020年1月頃から始まった新型コロナウィルスによる世界的パンデミックは日本にも広がり、5月10日時点で、緊急事態宣言は継続されたままである。感染者は、東京や大阪などの大都市圏を中心に広がりを見せており、欧州はロンドンやパリ、米国でもニューヨークの大都市圏でひろがっており、疫病と都市の関係性の深さを示している。
たくさんの人が集まり、周辺国家とも交流しながら活動する大都市は、過去に幾度となく疫病に脅かされてきた。新型コロナウィルスは、グローバル化した2020年に全世界へ数ヶ月で拡散され、経済や都市に与える変化は、とてつもなく大きなものとなっている。
世界の航空需要の推移は一貫して上昇してきた(図1)。SARSが発生した2002年頃と比較すると、約3倍の旅客キロ数となっており、新型コロナウィルスが数ヶ月で全世界に拡散されたことにつながる。
このように、地球全体で人の移動や交流が活発になり、疫病によるパンデミックリスクが露呈された一方で、人々は過去持ち得ていなかった高速大容量な通信環境、スマートフォンの個人デバイスの普及、大規模データの分析技術など、疫病に対応する術を有している。韓国や台湾では、スマートフォンを活用した感染者のトレースを行い、接触者の封じ込めを行っている。
これらのスマートフォンをはじめとする情報技術の発達によって、リアルタイム性を持った都市のデータの可視化、仮想化、シミュレーション(デジタルツイン:以下のイメージ図参照)が行える時代となった。
ここでは、新型コロナウィルスによって、ICTを活用した都市、「スマートシティ」に求められるものを考察する。まず、はじめに疫病と都市の歴史を振り返る。
疫病と都市の歴史
紀元前4千年頃から都市が発生し、世界最古の下水道はモヘンジョ・ダロでつくられた。都市に人口が集積されると下水や汚物の処理が課題となり、疫病の発生源にもなるため、下水道整備やし尿処理は都市の課題でありつづけている。
日本で疫病との関係が深いのは平城京である。この頃朝廷では、公式に疫病の発生源を記録しており、735年~737年にかけて、天然痘が流行した。この発生源の背景には、遣新羅使や遣唐使などの大陸との交流や、全国的に道路インフラが整備されたことで、九州太宰府で発生したものが、日本全国に広がり、当時の日本の人口の30%前後が亡くなったとも言われている(このあたりの歴史考証の正確さは、他に譲る)。
朝廷は、経済復興のための減税措置や、農業生産力向上のために、743年に墾田永年私財法を制定し、土地の民間所有を大々的に認めることとなった。開墾するには労働力と資本力が必要なことと、開墾した土地を守る必要もあったことから、豪族(武士)が誕生するに至った。
また奈良の大仏も、745年~752年にかけて、疫病をしずめるために建立されたが、大規模な公共工事による景気刺激策とも考えうる。減税、規制緩和、大規模公共工事は、大昔から不況時の景気刺激策としての王道であることがよくわかる。
14世紀には、アジアから中東、欧州にかけて交易が行われており、全世界でのペストの流行が起きた。パリは、1350年頃にペストが大流行し、1370年頃には下水道の整備がはじまった。1740年頃には、パリの冠状大下水道が整備された。
欧州では、産業革命での都市人口の急増によって、し尿や汚物によってコレラへの対策などから、下水道技術の発達や整備がさらに進むこととなった。
東京では、1879年にコレラが流行し、1884~85年に神田で近代下水道が整備され、1900年下水道法が制定された。日本の近代上水道整備も、このころからはじまり、1978年に水道普及率が90%となった。疫病対策、公衆衛生対策として、都市では下水道と上水道の整備が行われてきた。
いま米国では、貧困層でのコロナの蔓延は、水道代を払えず上水での手洗いができないことが一因ではないかとも言われており、都市における疫病対策、公衆衛生は、貧困対策ともつながっている。
今後の都市では、非接触でのやりとりをより進めるために、情報通信でもベーシックアクセス、ミニマムアクセスなどの公的整備、公的支援も必要になるかもしれない。現在は、通信費は個人負担であるが、遠隔教育や公的な手続きでのオンライン化を進めるためには、疫病対策としてのベーシックアクセスは、今後の議論が待たれる。
(参考)下水道の歴史
都市へのICTの利用と活用 -スマートシティ-
スマートシティの意味するところは非常に広範で、対象や定義や捉えた方が多岐にわたる。本論考では、都市経営のデジタライズとデータ(ファクト)に基づく経営(マネジメント)を行うことを示し、地方自治、公衆衛生、交通計画、教育行政などを対象とする。
奇しくも、この記事を作成している最中に、トロントのSidewalk Labのプロジェクトが中止になったニュースが飛び込んできたが、TOYOTAのWovenCityなどをふくめて、スマートシティ化の流れは大きくは止まらないであろう。
スマートシティの構造を、インターネットのOSIモデルを参考に、D4DRでは下記のように構造化し、データレイヤを定義している。従来の都市経営でも、統計データを活用していたが、リアルタイム性は低かった。現代ではICTの発達によって、携帯電話の利用状況や、交通データなどのビッグデータをもとに即座に統計データの把握だけでなく、よりパーソナライズされたデータも把握できるようになっている。
新型コロナウィルスは、ライフスタイルレイヤーを激しく揺さぶっている。それに従い、アプリケーションの変化(テレワークの浸透、オンライン飲み会、フードデリバリーの発達など)が生まれている。
また、データレイヤのデータを活用して、大阪府や茨城県の行政(シティマネジメントレイヤー)は、ファクト(事実)データによる経済自粛の出口戦略・出口指標を示しはじめた。
これらの指標データを参照すると、病院インフラや患者の発生状況を把握するために、DX化(業務のデジタライズ)、デジタライズによるデータベース化、そしてオープンデータ化やAPIの整備による相互接続性などの重要性が明確になった。
GovTech とマイナンバーカード (ID化)
国民全員に10万円の給付金が交付されることになり、マイナンバーカードが脚光を浴びることとなった。マイナンバーカード所有者は、オンラインで給付金の手続きを完了できるが、これまで実利的なメリットが感じられにくかったことから、普及率は約14%(2020年1月時点)にとどまっている。
行政手続き全体のDX化には、政府と市民双方の歩みよりが大事である。行政手続きの効率化、手続きスピードを上げるためにも、今回を契機にマイナンバーカードの普及が進むことを期待する。仮に、第二弾、第三段の給付金の際にはマイナンバーカードを義務付けるなど、一歩踏み込んだ普及策も検討してはどうかと筆者は考える。
また一方で、感染者のトレースを行うために、スマートフォンの移動履歴から接触者を割り出す仕組みは、欧州で議論されてきた個人情報保護の仕組みであるGDPRと逆行する形にはなるが、台湾や韓国ではコロナを抑え込む効果を見せており、公益性と個人情報保護の狭間で新たに解くべき課題を顕在化させた。
スマートシティ化の要件の一つである、あらゆるモノのID化は、感染者が立ち寄った施設や利用した交通手段を明らかにすることにおいては、非常に有効な手段であることが明確となった。
医療連携とデジタライズ (相互接続性)
病院がコロナ患者の報告をFAXで行っているとの報道があったが、その後WEBシステム化されることとなった。これらの背景から、行政における公衆衛生部門は、普段は政府の情報投資の優先度が低く、業務プロセスが刷新されることなく現在まで来たことが推測される。
報告者から即座にデジタルデータでの情報入力での連携ができると、保健所だけでなく、行政側にもリアルタイムでの情報を共有できることになり、常に最新の情報による対策を打てるようになる。
東京都は、コロナの感染動向のサイトをオープンソース化した上で、データベースについてもオープンにしており、データセットを自由に取得できるようになっている。
スマートシティ化の要件の相互接続性、インターオペラビリティが重要な点である。
EdTechや遠隔教育とベーシックアクセス (通信インフラ)
3月上旬からはじまった学校の休校措置は、5月末までで約3ヵ月となる。これまで遠隔教育のインフラ整備(教材、仕組みづくり、通信環境)をほぼしてこなかったため、各家庭に委ねられている状態である。私には小学校3年生の娘がいるのだが、どうぶつの森で毎日、せっせと耕し島づくりをしている。セカンドライフがめざした世界を、どうぶつの森が実現している。しかしながら、その後、どうぶつの森は、あまりに娘がやりこみすぎるため、ロックダウンされてしまった。娘が通学する小学校からは、1日1回程度のユーチューブ動画(5分程度)の学習動画が配信されるようになったが、PCなどを保有しない家庭では視聴すら難しいと思われる。
大学などでもZOOMなどの遠隔での講義が開始されているが、格安SIMのみで下宿先に光回線などを契約していない学生は、スムーズな接続が難しかったり、パケットがすぐに上限に達したりすることが懸念されている。
9月入学などの議論もはじまったが、ICTを活用する前提で教育の仕組みを根本的に考え直す良い契機と捉えられる。
その際には、あらゆる家庭で教育を受けられるようにするため、デジタル教材づくりや、ハードウエアの配布(PCやタブレット)、通信環境の(通信SIM付きでの)提供などの検討を始めていくこととなる。教育をうける児童がどんな環境であれ、通信環境にアクセスし学ぶことができるようにするためにも、ベーシックアクセスの権利は大切な視点であり、これはGovTechだけでなくEdtechの普及においても同様である。
近代感染症学の発展とテクノロジー
新型コロナウィルスに関連して感染症学の歴史を調べたところ、現代に通ずる知の系譜を辿ることができた。アントレプレナーとしての北里柴三郎の功績が素晴らしく、備忘録も兼ねて最後に記す。
近代感染症学は、ドイツのコッホが始祖とされる。コッホは、結核菌を発見し、後のBCGにつながる。北里柴三郎は、1886年、コッホの研究所に留学しており、破傷風の血清療法を生み出した。当時はテクノロジーとして光学顕微鏡しかなく、菌の発見までにしか至らなかった。ウィルスの発見は、1930年頃の電子顕微鏡の発明まで待たれる。北里はドイツ留学中の功績から、諸外国から多額の年俸での引き抜きもあったが、日本の感染症研究の発展のために帰国した。北里柴三郎はその後1894年にペスト菌の発見をするなど、世界的にも感染症への貢献は多大なものであった。また当時の脚気菌論争で、北里は緒方正規が発見したとする脚気菌の存在を否定し(結果として脚気は菌由来ではなく、ビタミンの欠乏が原因であったので、北里の説は正しかったのだが)、それによって東大医学部勢らに疎まれていた。そのため、帰国後は東大医学部に受け入れられず研究ができない状況に陥った。そこで、福沢諭吉が土地と私財を提供し、日本初の伝染病研究所が1892年に民間の資金で立ち上げられた。
1914年に伝染病研究所が東大の所管となり、北里は退職したのち北里研究所をつくった。その後1916年に日本医師会を設立、1917年に慶応義塾大学医学部を創立、1921年には赤線検温器株式会社(後のテルモ)設立にも尽力した。北里の人生が、日本の近代医学の発展の歴史そのものであったと言っても過言ではない。
その北里研究所で、大村智がイベルメクチンを発見し、その功績によりノーベル賞を受賞した。イベルメクチンは、非常に安価かつ人体への副作用も少なく、新型コロナウィルスの治療薬として期待され、治験が開始されている。
コッホにはじまり、北里柴三郎から大村智へと、感染症対策の知の系譜は、現代まで脈々と受け継がれているのである。
2000年代以降はバイオテクノロジーの発展に伴いゲノム解析技術も非常に発達している(PCRも、バイオテクノロジーの一つで、特定のDNAの増殖を行う技術である)。既にコロナウィルスのRNA構造は解析されており、早期のワクチン開発が期待される。
(参考)
PCR(polymerase chain reaction)
次回「アフターコロナ時代のビジネス戦略」は5/20(水)、テーマは「SNS分析」を予定しています。
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FPRCの主席研究員である藤元の記事が日経クロストレンド( @NIKKEIxTREND ) に掲載されました。https://t.co/Ant3AfCe6s
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こちらもぜひ御覧ください。— FPRC📚2030年の未来予測を無料で公開中! (@d4dr_fprc) April 17, 2020
FPRC( フューチャーパースペクティブ・リサーチセンター )は、D4DR株式会社のシンクタンク部門です。
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本レポートでは未来予測年表をベースに、日々のリサーチ活動で得た情報の中で、未来予測に関連した事柄をピックアップし、コメントを記載しています。また、レポート前半には、特に大きな動きのあった業界や技術トピックスについてまとめています。先月のトピックスの振り返りや、先10年のトレンドの把握にご利用いただける内容になっています。