【イベント報告】リアルSCと実店舗はこの先どうなってゆくのか? 次世代小売業の在り方とは(第16回NRLフォーラム)
2018年7月26日、D4DRが企画・運営に関わる「Next Retail Lab(ネクストリテールラボ)」フォーラムの第16回が開催された。
今回は登壇者として、リアルビジネス・リアルチャネルとオンラインメディアを横断した統合戦略の立案と実務に根ざしたコンサルティングサービスを展開する、株式会社シンクエージェント代表取締役兼主席コンサルタントの樋口進氏を迎えた。
小売業は現在大きな転換期を迎えている。これまでの近代的な小売業のあり方は、セントラルバイイングや製造小売であった。しかし、現在はAmazonに代表されるような、インターネットを使った小売や、デジタル武装した小売業が世界の小売市場を席捲しつつある。消費者のデジタルシフトが進み、消費の現場が大きく変化した世の中で、日本の小売業はデジタル化への対応を迫られている。特に国内アパレル市場では、1990年代は市場規模が15兆円を超えていたのに対し、2016年にはその3分の2以下の約9兆2000億円にまで縮小している。市場規模が縮小しているにもかかわらず、衣類点数は増加の一途をたどっている。そのため、大量の不良在庫を処理するために値下げを行うしかなく、業界全体でデフレスパイラルを引き起こしている状況である。
こうした中、これからのショッピングセンター(SC)や実店舗はどのような変化をしていくべきなのか、また次世代小売業のあり方はどうなるのかについて、樋口氏に語ってもらった。
「店」の役割とは
実店舗の運営は顧客設定から顧客動線計画、マーチャンダイジング構成、打ち出し設定、集客、ターゲット設計までの一連の要素が必要になる。これらはECサイトにおいても同様であり、顧客設定からターゲット設計までを含めてWebサイトを設計する必要がある。こういった一連の要素から、店とは「来店客の興味・関心による行動空間」であると樋口氏は話す。
実店舗やECサイトなどの形態にかかわらず、店というものは来店客の興味・関心を喚起する空間である必要がある。例えばアパレル店では、商品の陳列から魅力的なライフシーンのイメージを与えなければならない。魅力的なライフシーンが透けて見える陳列をすることで、来店客の衝動買いを誘発し、ファンの獲得につなげる。実店舗では3次元的に商品を展開することが可能なため、店の魅せ方の幅が広く、来店客に対して店舗側が伝えたいイメージを与えやすい。
ファッションECサイトでの商品の魅せ方の問題点
一方、ファッションECサイトではどうだろうか。現状のECサイトのほとんどは、ユーザーが自分で商品を探す前提となっている。現行のファッションECサイトの多くは、「Tシャツ」と検索した場合、Tシャツのサムネイルが価格順もしくは人気順で表示されるだけで、色味や生地などはバラバラに表示される。実店舗と違って、商品それぞれが孤立し、統一感がないため、検索結果画面から魅力的なライフシーンを想像するのは難しい。このような状況から、現行のECサイトは、サイト側の押しが圧倒的に足りていないと樋口氏は話す。ユーザーに対してライフシーンの向上を訴求するため、サイトのUXを大きく改善していくことが重要であると樋口氏は語る。
商品とSCのゾーニングの問題点
来店客にとって、店やSCに引きつけられる要因の一つとして、新しく魅力的なライフシーンや趣味など、自分を変えてくれるものとの出会いがある。来店客は大まかな目的を持ってSCに訪れるが、SC内での視覚的な刺激により、その目的は随時変化していく。顧客の興味や関心は多様化し、商品の品ぞろえは多種多様なニーズに対して応えられなくなってきている。そのためテナント内は、マーチャンダイザーが客に「このように買い物を楽しんでほしい」というコンセプト一つでゾーニングを行っていることがほとんどで、統一感のない品ぞろえになっている。
次にSCでのテナントのゾーニングに目を向けると、現行のSCでは考慮しておらず、一体感のないものがほとんどであると樋口氏は話す(図. 1)。SCプランナーはゾーニングの提案を行っているが、テナントの家賃を決めるのはデベロッパーのリーシング担当であるため、思い通りになることはほぼない。見たい商品が決まっている場合、ゾーニングされていないSCでは類似テナントがばらばらに配置されていて、テナント間の移動が不便に感じるだろう。また、テナント側は品ぞろえの範囲を増やし、自店舗のみで完結させることを試みている。これらの要因が、SCの存在価値の低下とゾーニングの難しさを生み出し、それが連鎖となって悪循環に陥っている。
実店舗とECの連携の弊害
残念ながら、実店舗の良さとECの良さをうまく融合させている例は多くない。その原因は、小売業界全体で見られる縦割り組織とファンクションデバイドである。ITもモノもヒトもわかるような、横断型の人材が圧倒的に不足しているため、各部門との連携が生まれていない。組織を俯瞰して、各部門の連携を促せる人材の確保・育成が必要であると樋口氏は話す。
次世代アパレルの店舗の形
2018年5月、ZARAは日本で初となるショールーミングストアを六本木に期間限定でオープンさせた。この店舗では、商品を試着してもらうことを目的としており、商品を購入して持って帰ることはできない。客はZARAが提供する専用のアプリから商品タグのバーコードを読み取り、試着の予約をする。試着をして気に入ったら、そのままアプリ内でEC購入するか、店頭のレジで支払い、後日家で商品を受け取る仕組みである。店舗とECサイトの棲み分けを明確にし、お互いの弱点を補完しあうような仕組みを構築している。
日本では馴染みのないショールーミングストアであるが、米国大手百貨店ノードストロームも昨年10月にショールーミングストアをオープンさせるなど、小売業界ではこの新しい店舗が浸透し始めている。リアル店舗とECを繋ぐ新しい店舗の形として注目されており、ショールーミング形式の店舗は今後増加するだろうと樋口氏は話す。
講演の後は、樋口氏とフェローとの議論が行われた。
アパレル市場の縮小要因について
フェロー)アパレル業界がここまで縮小し、厳しい状況になっているのは、ただ単に、SCとテナントの運営やECサイトのUI/UXが問題というわけではなく、そもそも消費者が望むものを、望んだタイミングで提供するなど、行き過ぎたサービスを提供しているからではないかと思っている。いつでも買えるという状況が、いつでも買えるからいつまでも買わなくて良いという意識を生み出しているような気がする。ファッションに対してある種の憧れを再び呼び起こす必要があるように思う。
樋口)昔はデパートで欲しい服があった場合、今買わないと次にはなくなっているという印象が強く、機会損失の念が強かった。消費者のファッションへの意識についても変えていかなければならないかもしれない。
ECサイト上での商品のサイズの伝え方について
フェロー)近年、ミニマリズムといったような言葉がはやっているように、コストパフォーマンス重視となっている。ECサイトだと時間のコストパフォーマンスをユーザーは気にしているため、Web上で商品の魅力を直感的に伝えることが重要になってくると思う。例えば動画や画像を使ったり、SNSで伝えたりする等、方法は多く存在する。年代や性別ごとの最適解を探していきたいと考えている。またファッションECサイトでは商品のサイズ感の伝え方に課題があると感じているが、何かアイデアがあれば教えてほしい。
樋口)着用しているモデルの身長や腕の長さや体型などが一瞬でわかるような表示にするのがいい。また、一つの商品に対して、体型の異なる複数のモデルが着用したものを載せるなどがいいかと思う。
AR、VRを活用してECサイトのUX向上を図る
フェロー)ARやVRなどのITが発達すれば、バーチャル試着等、遠隔でも店舗で買い物をするような体験を提供できるのではないか。
樋口)ARやVRを用いた実証実験は行われ始めているので、今後の動向が気になるところ。もし実現した場合には、特に地方都市など、店舗が少ない場所での活用が期待される。
パレル業界でのイノベーション力の低下
藤元)イノベーションが他の業界と比べて少ない印象がある。他業界との連携が弱く、イノベーションが起きにくい状況である。アパレルはスポーツジム業界などのライフスタイルや見た目に関わる業界と組むと面白いと思う。ファッションアイテムを買わせるのではなく、購入者の人生を変える、というように視点を変えてみると面白くなる。
樋口)確かに、他業界との関わりは薄いように思う。また、他業界と一緒に消費者のライフスタイルをトータルでデザインするようなビジネスを創出してもいいかもしれない。
アパレル市場縮小の陰には、小売側が提供するサービスと消費者意識のギャップがある。ファッションに関する消費者の意識を理解し、意識付けを行い、それに沿った実店舗とECサイトの運営が必要となるだろう。ITは日進月歩の世界であり、ITをビジネスに応用するのならば、ITを扱う人もこれまで以上に速いスピードで成長していく必要がある。樋口氏はアパレル業界で実店舗とECサイトがうまく連携できていない一因として、組織全体を見渡せる横断型人材の不足を挙げていたが、これはアパレル業界に限った話ではない。ITを活用したビジネスでは、どの業界でもIT・モノ・ヒトを幅広く理解している人材を確保することが重要となるだろう。
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