【人事の未来】データで進化する戦略的人事と人材マネジメントの未来像―サイバーエージェント CHO 曽山哲人×藤元健太郎対談(中編)

人材マネジメントの戦略的重要性が高まる中、多くの企業で人事部門の役割が問い直されている。従来の採用・労務管理中心の人事から、経営戦略と連動した戦略的人事への転換が求められる中、具体的にどのような変革が必要なのか。

注目すべきは、人事戦略を「経営人事課題」として明確に定義し、経営目標達成のための具体的な施策に落とし込んでいく手法だ。また、全社的なAIリスキリングの推進や、データを活用した人材マネジメントなど、テクノロジーを活用した新しい取り組みも始まっている。

サイバーエージェントCHOの曽山哲人氏との対談中編では、CHROに求められる役割や、データドリブンな人材マネジメントの実践例、そして全社的なリスキリングの取り組みについて、具体的な施策とその効果を探る。

さらに、人材の流動化を促進する社内転職制度や、M&Aを通じた人的資本の統合など、これからの人材ポートフォリオ戦略についても示唆に富む議論が展開された。

左:曽山 哲人(ゲスト)、右:藤元 健太郎(ホスト)
プロフィール

戦略的人事の本質:経営課題解決の推進役

藤元 環境が急激に変化する中、人事部門の戦略的重要性が高まっています。しかし現状では、多くの人事部門が日常業務に追われ、戦略的な機能を十分に発揮できていないように見えます。CHRO(最高人事責任者)という役職も、かつてのCIO(最高情報責任者)という言葉が登場したころのように、まだ概念が先行している印象を受けます。この点について、どのようにお考えでしょうか。

曽山 人事機能を経営に組み込むためには、経営者自身による明確な意思決定が不可欠です。興味深いのは、必ずしも経営者自身が「人」に強い関心を持っている必要はないという点です。むしろ、人事の重要性を認識し、経営戦略として位置づけている企業の方が、業績向上につながる傾向が見られます。

CHROと人事部長の本質的な違いは、経営課題の設定と解決にあります。例えば、3カ年で100億円の売上目標がある場合、現状の10億円から90億円のギャップを埋めるために必要な人事戦略を「経営人事課題」として設定し、その解決に取り組むことがCHROの役割です。一方、人事部長は往々にして採用や労務管理といった実務的な課題への取組に忙殺されがちです。

藤元 多くの人事部門は、既存の課題への対応や、採用目標の達成といったKPIの管理に留まっているように見えます。

曽山 その通りです。人事部門に戦略的な取り組みへの意欲があっても、経営からの明確な要請がないために部門内で完結してしまうというジレンマが存在します。ただし、ソニーや日立などの先進企業では、CHROが経営チームの一員として成果を上げており、日本企業における成功事例も出始めています。このように、人事戦略を経営戦略と直接リンクさせ、具体的な成果につなげていく新しい人事マネジメントの形が、徐々に確立されつつあるのです。

人材ポートフォリオの戦略的転換:生成AIリスキリングから人材流動化まで

藤元 長期的な人材ポートフォリオの構築について、例えば10年後の人材構成を見据えた戦略的な取り組みはどのように進められているのでしょうか。

曽山 特に注力しているのは、AI活用可能なエンジニアの育成です。2年前から全社的な生成AIリスキリングを開始し、60分×5本のeラーニング講座を、藤田社長から新入社員まで全員が受講するという取り組みを実施しました。各講座には小テストを設け、役員陣も率先して取り組んだ結果、99.9%という高い完遂率を達成しています。

加えて、エンジニアやデータサイエンティスト向けの上級講座も用意し、段階的なスキル向上を図っています。また、賞金総額1,000万円規模の新規事業コンテストも開催し、AIを活用した業務効率化提案なども生まれています。

藤元 経営層が明確にコミットすることで、全社的なリスキリングが実現できているわけですね。

 

サイバーエージェント「生成AI徹底理解リスキリング」
(画像:サイバーエージェント プレスリリース

藤元 一方で、特に大企業では、新しい技術への適応が難しい人材の処遇が課題となっています。この点についてはいかがでしょうか。

曽山 確かに難しい課題ですが、当社の場合、事業領域の広さを活かした社内転職が効果的に機能しています。例えば、デザインスキルは限定的でも、その知識を活かせる部署への異動により、新たな活躍の場を見出せるケースも少なくありません。

藤元 つまり、社内の流動性を高めることが鍵となりそうですね。例えば自動車業界でのホールディングス化を考えると、EVエンジニアの企業間での人材交流など、M&Aを人的資本の統合という観点で捉え直す「人的資本提携」のような可能性も見えてきます。

曽山: その通りです。ただし、多くの企業では人事部門に人材移動の起案権限が十分に与えられていません。これは経営判断の問題であり、少なくとも役員会への提案権限を持たせることで、人材の最適配置がより進むのではないでしょうか。日本企業には優秀な人材が多数存在します。その潜在力を活かし切れていない現状は、非常にもったいないと感じています。

 

2050年に向けた採用の未来シナリオ
(画像:HR未来共創研究所)

データ駆動の人材マネジメント:定量化がもたらす新たな可能性

藤元 人事データの戦略的活用について、御社ではどのような取り組みを進めていらっしゃいますか?

曽山 現状は生データの分析と活用の段階ですが、具体的な取り組みとして、社員のコンディション把握ツール「GEPPO」を活用しています。社員の自己評価を「晴れ・くもり・雨」の3段階で収集し、これを定量化することで、全社平均や部署間比較、時系列での変化を可視化しています。

例えば、雰囲気が改善した部署の介入効果の検証や、新規事業部門特有の変動の理解など、実践的な活用を進めています。このように定性情報を定量化し、客観的な根拠に基づいた議論を可能にすることを重視しています。

 

「GEPPO」による社員の自己評価
(画像:サイバーエージェント プレスリリース

藤元 パフォーマンスデータの分析は、部署単位での活用が中心なのでしょうか?

曽山 データへのアクセスは専任ヘッドハンターに限定し、慎重に運用しています。データから課題が見られる場合も、数値を直接的に示すのではなく、「困りごとはありませんか?」といった寄り添う形でのアプローチを心がけています。

また、時間外労働の増加や急激なリモートワーク頻度の変化など、離職リスクを示唆する指標にも注目し、早期のケアに活用しています。

藤元 エンゲージメント分析など、データ活用に課題を感じている企業も多いと思いますが、効果的な活用方法についてアドバイスはありますか?

曽山 多くの経営者から、「データは取得できているが、活用方法が分からない」という声を聞きます。最も重要なのは、解決したい課題を一つに絞ることです。

パルスサーベイなど複数項目を測定する場合、つい全ての指標で高スコアを目指してしまいがちです。しかし、それが必ずしも業績向上につながるわけではありません。例えば、「職場の人間関係の質が離職率に影響している」という仮説を立て、その改善に集中するなど、焦点を絞った取り組みの方が効果を生みやすいのです。

このように、データとテクノロジーを活用した新しい人材マネジメントの形が見えてきた今、さらにその先の未来はどのような姿を見せるのだろうか。後編では、2030年から2040年を見据えた組織づくりのあり方について、「未来コンセプトペディア」の重要テーマを手がかりに探っていく。

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【人事の未来|中編】データで進化する戦略的人事と人材マネジメントの未来像―サイバーエージェント CHO 曽山哲人×藤元健太郎対談

  

■ 出演者プロフィール

曽山 哲人(ゲスト) 株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
上智大学文学部英文学科卒。高校時代はダンス甲子園で全国3位。 1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。 1999年に当時社員数20名曽山 哲人(ゲスト) 株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
上智大学文学部英文学科卒。高校時代はダンス甲子園で全国3位。 1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。 1999年に当時社員数20名程度だった株式会社サイバーエージェントに入社。 インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。 現在は常務執行役員CHOとして人事全般を統括。 「若手育成の教科書」「クリエイティブ人事」「強みを活かす」などを出版。 プロダンスDリーグの「サイバーエージェントレジット」のオーナーも務める。

藤元 健太郎(ホスト) FPRC 主席研究員 / D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。

 


プラスアルファ・コンサルティングの「HR未来共創研究所」では、バックキャスティング手法を用いて2050年のHR領域の未来像を描いています。人的資本の可視化と戦略的活用、外部ネットワークを含む人材育成の標準化などについてもっと詳しく知りたい方は、『HR未来予測レポート 人材育成編』をご覧ください。

資料は以下よりダウンロードいただけます。

HR未来予測レポート 人材育成編

■この資料でわかること
・2050年に向けた採用・人材育成の未来仮説
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■ こんなお悩みにオススメ
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