未来を創る超富裕層―ベントレー モーターズ ジャパン代表と語る新たな成長市場の可能性― 遠藤克之輔×藤元健太郎 対談

富裕層・低所得層の二極分化が進む中、ラグジュアリーの世界で新たな潮流が生まれている。従来の富裕層とは異なる価値観を持つ「超富裕層」の台頭だ。彼らは単なる贅沢品の消費者ではなく、文化や芸術、環境問題に深い関心を寄せ、社会に積極的に貢献しようとする。

この変化は、ラグジュアリーブランドにどのような影響を与えているのか。そして、日本企業はこの新しい層をどのように受け入れ、共に未来を築いていくべきなのか。

ベントレー モーターズ ジャパン ブランドディレクターの遠藤 克之輔氏に、ラグジュアリーカー業界の最前線から見た超富裕層の実像と、彼らが牽引する未来の社会像について語っていただいた。場所はベントレー東京 芝ショールーム。サステナビリティと贅沢の融合、生涯学習の重要性、そして日本企業が取るべき戦略まで、超富裕層市場の拡大に関する幅広いテーマについてお話を伺った。

左:遠藤 克之輔(ゲスト)、右:藤元 健太郎(聞き手)
プロフィール

モータースポーツの血統を引く、ベントレーの”エブリデイラグジュアリー”

藤元 今日は、従来の富裕層とは異なる「超富裕層」が、これからの日本社会において重要なキーマンになるのではないかという仮説について議論したいと思います。まずは自己紹介をお願いします。

遠藤 ベントレー モーターズ ジャパン代表の遠藤です。このポジションは2024年1月からで、まだ半年ほどです。以前はBMWとフェラーリでマーケティングのヘッドを務めていました。私は車が大好きで、ラグジュアリーというよりは文化や芸術、音楽、食、旅行といった、人々の生活を豊かにするライフスタイル全般に興味があります。

藤元 ベントレーのブランドイメージについて、以前は運転手付きの車というイメージがありましたが、現在は自ら運転を楽しむ車になっているように感じます。この変化についてどのようにお考えですか?

遠藤 ベントレーは創業当初からドライバーズカーなんです。創業者のW.O.ベントレーはルマン24時間レースなどのモータースポーツから始めており、究極のパフォーマンスとラグジュアリーを融合した車を作っています。長時間乗っても疲れず、その時間自体が楽しいと感じられるような運転をする方のための車です。

藤元 オーナーの方々の使い方も変わってきているのでしょうか。

遠藤 はい、我々は”エブリデイラグジュアリー”と呼んでいますが、普段の生活の中でラグジュアリーを楽しんでいただくものです。ほとんどのオーナーの方が自身で運転を楽しまれています。

ニューリッチの価値観シフト:
話題性や資産価値から、個人の価値観との共鳴へ

藤元 日本の新しい富裕層の変化について、どのようにお感じですか?

遠藤 トレンドとして、価値観の重きを置くものが非常に文化的になってきていると感じます。自分の価値観をブランドが本当に反映しているか、という基準でブランドを選ぶ方が増えてきました。昔の富裕層のお客様は、世間での話題性や資産価値的な観点で選ぶ傾向がありましたが、今はより自分の軸となる価値観を重視する方が増えています。

藤元 ブランド選びの基準が変わってきているということですね。

遠藤 そうですね。ベントレーは富裕層の中でも必ずしも一番の認知度があるわけではありませんが、それがむしろ強みになっています。しっかりとした価値観をお持ちの方が、ベントレーの正当性や歴史、そしてラグジュアリーとパフォーマンスの究極の融合に興味を持ち、選んでいただいています。

新時代の富裕層マーケティング:
プライベートサーキット”THE MAGARIGAWA CLUB”から見える未来

藤元 高級車業界全般の話に移りたいと思います。特に、千葉県南房総市の”THE MAGARIGAWA CLUB”について伺いたいですね。私にとっては、これが新時代を象徴するマーケティングに思えます。プライベートなサーキットを作るという発想が斬新ですね。

非日常的な空間を用意し、そこにサロンやコミュニティを設けることで、国内外の超富裕層の興味を引く。これは新しいブランド構築の手法だと感じますが、いかがでしょうか?

遠藤 私も同感です。車の未来について、ガソリン車が乗れなくなる、全部自動運転になるといった話題が多い中、”THE MAGARIGAWA CLUB”のようなサーキットは未来の車文化の一つの解を提示していると思います。例えば、馬車から自動車への移行期に、馬好きの人々が会員制乗馬クラブを作ったように、車も同じような道をたどり始めたと感じています。サステナビリティに配慮しつつ、車を趣味とする人々が集まれるプライベートな場所として、”THE MAGARIGAWA CLUB”は先駆的な例だと言えるでしょう。

THE MAGARIGAWA CLUB
コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッドが千葉県南房総市で運営する会員制ドライビングクラブ。2023年に販売した会員権は1口3600万円(2023年開業時参考)。2023年7月にオープンし、富士山や東京湾の眺望が楽しめる約100万㎡の敷地で、全⻑ 3.5kmのコースや宿泊施設などを展開している。
(画像:コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド プレスリリース

藤元 そうすると、このような施設が各地に誕生する可能性がありますね。地域開発の観点からも興味深いです。こういった施設は超富裕層が集まるハブとなり、経済効果も期待できます。日本の自然を楽しみたい海外の富裕層にとっても魅力的で、新しいライフスタイルを生み出す可能性がありますね。

遠藤 その通りです。すでに北海道のニセコや長野の白馬では、地域の資産に海外からの投資が加わり、新たな魅力が生まれています。場所に関係なく、プライベートジェットで訪れる超富裕層向けの施設が日本各地に増えていく可能性は十分にあります。

一方で、超富裕層の方々が満足できる施設は日本にまだまだ不足していると感じています。宿泊施設一つをとっても、ここでしか味わえないテーラーメイドの体験がまだ少ないのが現状です。

藤元 確かに、日本には地方空港は多いものの、大型クルーザーが停泊できる港が少ないという話をよく聞きます。

遠藤 海外のクルーズ会社が日本寄港に苦労しているという話も聞きます。

藤元 まだまだ発展の余地があるということですね。

地域に根ざすラグジュアリーブランド:
サステナビリティを通じた存在意義の再確認

藤元 ラグジュアリーブランドとサステナビリティの関係について、どのようにお考えですか? 従来の贅沢志向と環境配慮は相反する面もありますが、これからのブランド戦略をどう描いていくべきでしょうか。

遠藤 ラグジュアリーブランドが社会で存続していくためには、地域社会への貢献が不可欠です。多くのブランドが長年、特定の地域で生産を続けている理由がそこにあります。原点に立ち返ると、これらの取り組みは本質的にサステナブルなものです。

今や、サステナビリティへの取り組みは、ブランドの存続のための前提条件となっています。ラグジュアリーブランドだからこそ、他の業種よりも早く、大規模な投資をサステナブルな活動に向けていく必要があると考えています。

藤元 自動車業界では、大量生産とは異なる新しい製造方法、例えばカロッツェリアのような手法が、環境負荷の低減に貢献する可能性があるということでしょうか?

遠藤 その通りです。ラグジュアリーブランドは希少性を重視し、数よりも品質を追求します。このアプローチは、サステナビリティの考え方と非常に親和性が高いです。

例えば、ベントレーの工場では、電力を100%自社で賄い、水の再生利用、約90%の部品リサイクルを実現しています。さらに、地域との密接な関係を重視し、代々その工場で働く従業員も多くいます。このように、地域の良さを活かした生産方式は、サステナビリティの観点から非常に重要です。

藤元 ベントレーの車作りにおいて、従来の大量生産とは異なる技術的イノベーションはありますか?

遠藤 現在、ベントレーが注力しているのは電動化です。2026年には最初の電動モデルを発表し、2030年までに完全電動化を目指しています。この目標に向けて、サステナブルな車作りのための技術が日々進化しています。また、様々なパートナーと協力し、サステナブルな活動を推進することも重要な取り組みの一つです。

超富裕層の「生涯学び続ける価値観」:
リベラルアーツ重視とセレンディピティを生むコミュニティ

藤元 ここからは、2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」から、遠藤さんが重要だと思う項目として選んでいただいたテーマについて議論したいと思います。まずは「生涯学び続ける価値観」について、なぜこれを選んだのでしょうか?

遠藤 超富裕層の方々は、アートや文化、音楽、美意識など、いわゆるリベラルアーツに非常に興味を持っています。ビジネスパーソンにとってもアートが必須だという議論が最近増えていますが、個人レベルでもこういったリベラルアーツへの継続的な学びがますます重要になると考え、このコンセプトを選びました。

2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア

藤元 新しい富裕層の人々は、単に金銭的な豊かさだけでなく、人生を豊かにする教養への関心が高いということですね。

遠藤 彼らは優れた審美眼を持ち、自分なりの確固たる価値観を持っています。その判断基準となっているのが、知識や学びを通じて培われた考え方です。

藤元 具体的に、どのような形で学びの機会を作っているのでしょうか?

遠藤 個人での学びはもちろんですが、超富裕層のコミュニティ内での情報共有が活発です。例えば、海外での芸術展の情報を共有し合い、それをきっかけに新たな学びや体験を得るといったことが自然に行われています。

藤元 AIの時代だからこそ、周りにいる人々からのセレンディピティな気づきが重要になってきそうですね。

遠藤 その通りです。自分で積極的に情報を探すことも大切ですが、周囲の人々がどのような情報をもたらすかが非常に重要になってきています。

藤元 ラグジュアリーブランドにとって、コミュニティ作りの重要性が増していると言えそうですね。

遠藤 さらに、自社のコミュニティだけでなく、異なるブランドとの協業やイベントを通じて、新たなコミュニティ間のつながりを作ることも重要だと考えています。

「未来コンセプトペディア」カード

自動運転と未来のモビリティ社会:
日常の効率性と趣味の贅沢を両立

藤元 次に「自動運転・自律移動技術」をお選びいただきました。自動車業界にとって避けては通れない自動運転技術について、現状をどのように見ていらっしゃいますか?

遠藤 自動運転技術自体はほぼ実装可能な段階にあります。しかし、インフラである道路の整備、法的な枠組み、そして地域社会がこれをどう受け入れるかという点がまだ課題です。例えば、中国の深センでは街全体で自動運転車が走っている一方で、他の地域では段階的な導入が検討されています。今後はAIやセンサー技術の更なる進化により、人体の動きを自動運転に結びつけるなど、新たな技術の登場も期待できます。

藤元 ベントレーのような自ら運転を楽しむ車と、都市部での効率的な移動手段としての自動運転車の使い分けが今後重要になってくると思います。ラグジュアリーカーを愛する人々にとって理想的なモビリティ社会とは、どのようなものでしょうか?

遠藤 私も同感です。ラストワンマイルは電動で自動の、少人数向けの簡便な仕組みで十分だと考えています。一方で、車を趣味として楽しむ場合、長距離走行や車の性能を存分に楽しめる場所が必要になるでしょう。特に富裕層の方々は、そういった趣味を楽しむためのコストは当然のものとして受け入れるでしょう。このように、用途による棲み分けがさらに進むべきだと考えています。

藤元 確かに、日常的な短距離移動にラグジュアリーカーを使う必要はないですね。環境負荷の観点からも、効率的な移動手段が望ましいです。

遠藤 そうですね。また、日本の高齢化社会を考えると、特に過疎地域などでは、シニアの方々の日常の足となるようなパーソナルモビリティの導入がもっと進むべきだと思います。

藤元 ラグジュアリーブランドによるパーソナルモビリティの登場の可能性はいかがでしょうか?

遠藤 まだ具体的な事例は見ていませんが、将来的にラグジュアリーブランドがこの分野に参入しても驚きませんね。

藤元 スポーティなタイプなど、新しい市場が生まれる可能性もありそうですね。

「未来コンセプトペディア」カード

ブランドの”プリンシプル”への共鳴が生み出す、長期的なつながり

藤元 最後に、これからの超富裕層に対して日本の企業がどういう風に取り組んでいくべきか、ぜひ一言アドバイスをいただけますか?

遠藤 ブランドや企業には、世の中に存在し続ける大きな理由があるはずです。これは単なるパーパスではなく、プリンシプル、つまり企業が大切にしている美意識や価値観です。このプリンシプルをお客様と共有し、共鳴させることで事業を継続していくことが重要だと思います。

ベントレーの場合、正当性やパフォーマンスとラグジュアリーの融合、サステナビリティなど、様々な軸があります。「これが好きだ」と思っていただけるお客様との共鳴が、ブランドロイヤルティの源泉になっています。日本企業も含め、多くの企業がこの点を重視することで、お客様との長期的で継続的な関係を築けるのではないでしょうか。

藤元 日本社会では時に超富裕層に対する妬みや嫉妬が見られますが、これからは彼らを未来への投資者として捉え直す必要があります。オンラインゲームのエコシステムのように、様々な層が共存し、全体として発展するモデルを目指すべきです。

超富裕層を応援し、その数を増やし、リスペクトしていくことが重要です。彼らが牽引役となることで、社会全体の生活水準が向上し、日本の文化的価値も高まります。そうすることで、世界からリスペクトされる国になる好循環を生み出せるでしょう。

遠藤さんには、日本の超富裕層を先導する存在になっていただきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

超富裕層についてもっと詳しく知りたい方は、詳細資料「超富裕層・ニューラグジュアリー戦略を考えるために」をご覧ください。

資料は以下よりダウンロードいただけます。

『超富裕層・ニューラグジュアリー戦略を考えるために』資料

■富裕層・ニューラグジュアリーが注目される背景
■富裕層・ニューラグジュアリー戦略の重要ポイント
・超富裕層の価値観と消費傾向の実態
・富裕層サービスとニューラグジュアリーの台頭
・他の消費層とは全く異なる価値観・購買行動

■超富裕層とは
・D4DRの定義する未来市場 「超富裕層市場」
・富裕層・低所得層の二極分化
・「ニューリッチ」「ニューラグジュアリー」の台頭

■ 富裕層マーケティングの代表事例
・会員制ドライビング、城泊
・地方レストラン、富裕層向けショッピングモール

■ 「超富裕層」「ニューラグジュリー」戦略検討サービス

本記事の内容を動画でみたい方は以下よりご覧ください

『次の一手は超富裕層? ベントレー日本法人代表と語る新たな成長市場の実態【前編】
次の一手は超富裕層?ベントレー モーターズ ジャパン代表と語る新たな成長市場の実態【前編】

■ 出演者プロフィール

遠藤 克之輔(ゲスト) ベントレー モーターズ ジャパン ブランドディレクター
国内家電メーカーでの国際物流や海外生産管理などの経験を経たのち、ベンチャー企業でのオンラインコマースビジネスの経営やサーチエンジンメディアポータルでのプロデューサーとしてマーケティングプロデューサーとしてのキャリアをスタート。
ワンダーマン電通にてデジタル・CRM及びマーケティングコンサルタント業務に携わり、国内外の様々なクライアント業務のプロジェクトを統括。その後ウォルト・ディズニー・ジャパンにて新規事業立ち上げや全社CRMプロジェクトをマーケティングサイドからリードし、ギャップジャパンではシニアディレクターとしてマーケティング・クリエイティブ・PR全体を管轄、eコマースを含むビジネスの成長に貢献。
フェラーリ・ジャパンでマーケティングディレクターを務めラグジュアリオートモーティブブランドでの研鑽を積んだのち、BMWジャパンにてマーケティングディレクターとして数々のブランドマネジメントプロジェクトを通じ、セールスとマーケティングの両輪においてビジネスをドライブ。幼少期からの夢であったベントレーのビジネスをさらに成長させるべく、自身の持つ溢れる情熱全てをお客様とビジネスパートナー、チーム全体へ捧げられることを誇りに感じて業務にあたっている。

藤元 健太郎(ホスト) FPRC 主席研究員 / D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。

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