ゼロリスク社会を越えて 最後のY(最終回)
【特集】アフターコロナ時代のビジネス戦略 とは
D4DRでは、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行を経て社会がどのように変化するか、そして各業界がどのような戦略にシフトしていくべきなのかを考察した「アフターコロナ時代のビジネス戦略」を毎週連載しています。
連載一覧
アフターコロナ時代のビジネス戦略 -未来に向けて
最終回にあたって
この連載もいよいよ最終回を迎えた。思えば私が執筆した一回目の原稿を書いていた頃はまだ不安の暗雲が立ちこめ始めた3月であり、緊急事態宣言の発令前であった。その時点でこの後どんな事態になろうが、この変化は不可逆であり、加速するということをまず伝えたく前を向くことだけを意識して書いたつもりであった。嬉しいことにそのメッセージは共感を呼び、その後日経クロストレンドへの転載もあり、好評を得たことから7月に書籍「ニューノーマル時代のビジネス革命」として出版することもできた。あらためて御礼申し上げたい。
またこの連載では弊社の多くのスタッフも参加し、多くの業界やテーマを取り上げてきたが、なかなか普通のコンサルティング会社では取り上げないようなアダルト業界やパチンコ業界(ギャンブル)、宗教などのテーマにも果敢にチャレンジした。弊社のスタッフ達にとっても色々な意味での挑戦であったが、おつき合いいただいたたくさんの読者の方々にも代表としてあらためてこの場を借りて感謝を申し上げたい。
そして最終回の本稿では、初回を書いてからこの5ヶ月間に感じた、最後に伝えておきたいことを書いて終わりたいと思う。
ゼロリスク化する社会
日本社会は「世間」という「公」を重視する社会だ。今回も、良い意味では応援経済、悪い意味では自粛警察という形で、我々の社会に根付いていることが確認された。罰則も無い自粛要請で行動する日本人には、世界からもあらためて驚愕の目が向けられることになった。
しかし一方でこの「公」は弱者に目線が合いやすい傾向もある。社会の安心安全レベルが高くなることで、例え一人の死者のニュースでも感情に訴えかけるような出来事であれば、それは公の意識を左右する。さらにマスメディアもそれを増幅する装置として作用し、またそれを大衆の声として拡散するソーシャルメディアが発達したことで、可視化もされやすくなった。もちろん飲酒運転の厳罰化のようにそうした出来事が良い方向に働くこともあるが、一回の事故が公園の遊具を一斉に撤去する方向に動くこともある。多くの日本国民の感情はできるだけリスクが無い方向に動くことは明白だ。
例えば、現在国内では毎日のように自動車事故が発生し毎日「8.8人」が死亡している(参考:警察庁 交通事故統計(令和元年のデータをもとに計算))。しかし、「8.8人」の尊い命を救うために自動車の運転を自粛したりはしないし、普通の自動車死亡事故には多くの人は感心を示さない。しかし、それがエモーショナルでセンセーショナルな事故であれば激しく報道され、自動車事故撲滅が叫ばれる。普段はリスクと共存するコンセンサスができているが、センセーショナルな出来事になった途端に多くの人が自分ごと化を始めるからだ。
現在、この8.8人を劇的に減らす方法がすでに見え始めている。それが自動運転技術だ。しかし自動運転車が事故を起こし人が一人亡くなったとして、マスメディアは激しく感情的に報道することだろう。ましてやそれが子供だった時には言わずもがなである。昨日普通の自動車事故で死んだ子供のことは報道されないのにもかかわらず、である。さあ誰が責任をとるのか?遺族はどこに悔しさをぶつければよいのか?と大騒ぎになることは予想される。
このように、たった一人の死亡でもセンセーショナルな出来事であればみんなが突然自分ごと化し恐怖を感じてしまう。新しい脅威に対しては相対的な判断は難しく、可能な限りのゼロリスクで無ければ潜在的脅威という社会的感情を納得させることがとても難しい状況だ。
今回のコロナ禍もまさにそうだろう。日本をはじめとする東アジアでは致死率は世界の中でも非常に低い状況だ。10万人あたりの死亡者数(https://www.worldometers.info/coronavirus/#countries)でみるとアメリカは577、全世界平均が112、そして日本は10だ。リスクはより危険な方をベースに考えられる。日本のデータは大きな安心を与えるファクトデータであるが、専門家もそちらよりは悪いアメリカのデータを前提とした分析を求められてしまう。そしてそのような報道を受け、「怖い病気だから決して感染してはいけない」「感染は社会に迷惑をかける悪だ」という理屈で、感染した人に謝罪を求めたり、感染の危険が高そうな行為をする人を悪者扱いしたり、といった行動をとる人まで現れてしまう。
しかし日本の1362人という死者数(9/6現在)は2018年のインフルエンザ死者数3325人の半分にも至っていない。前述のエモーショナルな恐怖にとらわれた人にとっては、インフルエンザは悪者ではなくとも、新型コロナウイルス感染症は悪魔の病気ということになってしまう。むしろ今後のニューノーマルで必要なことは、毎年3千人~4千人が死亡するインフルエンザと同等のリスク共存のコンセンサスを新型コロナウイルスに対しても早期に醸成し、「COVID-19感染症では毎年数千人死ぬもの」という意識、いうなれば「今年もコロナ増えてきたから注意だね」程度に声をかけ合えるような共生の感覚を持つことだと言えるだろう。
イノベーションを悪魔にしないために
そしてリスクはゼロにできない以上、責任を誰かに押しつけるのではなく、社会全体でリスクを負担し共有するようにしていくことが大事だ。その理由として、これからの日本社会の活力の源泉がイノベーションにあることも大きい。なぜならイノベーションは常にリスクを伴うものであるからだ。前述の自動運転のように人の命に関わる技術もある。ドローンも事故のリスクがある。あらゆる手続きを電子化するとリテラシーの格差が大きく影響するし、既得権益のある人々からすると自分達の仕事が奪われるリスクもある。
しかし現状では、たった一人の感情的な被害者を生んだ途端にそのイノベーションは社会から袋叩きの悪者にされてしまう可能性が高い。そうだとすれば、イノベーションこそが弱者と捉え保護していくべき立場と考えるべきなのではないだろうか。リスクを許容できる枠組みを社会に構築し、リスクゼロを目指すのではなく共生できるレベルを模索すること、それこそがイノベーションにとって何よりも重要なことなのかも知れない。
最後のYはAgility(アジリティ)
この連載では最初に4つのYを提示した。今回加える最後のYは俊敏さのAgilityだ。ICTによってリスクの状況を的確に把握し、リアルタイムに対応していく俊敏さが求められるということである。
今回のコロナ禍もそうである。最初は得体の知れない新型ウイルスということで指定感染症2類相当にすることも適切だったであろう。その後の緊急事態宣言発令もその時点では正しい判断だ。しかし、その後5月の段階ではすでに日本の死者数の少なさはデータとしても見えていた。迷うことなく緊急事態宣言は延長ではなく終了し、アジリティに感染症2類から5類への変更を行うべきではなかっただろうか。その後もし死亡者が急増したら、即座にまた変更すればよいことだ。「ルールを簡単に変えてはいけない」という考え方そのものを見直すことが、まさに第四次産業革命の社会の本質だ。
そもそも、ルールを変えて社会が混乱するのはアナログ社会だからであり、ICT社会であれば状況を的確に定量的に把握し、ルールを状況に応じてリアルタイムに見直すことができる。それが、俊敏さを重要なキーワードと考える所以である。
ルールのダイナミック化こそがデジタルツイン社会の本質
ICTによって我々はリアルタイムに状況を可視化し、共有し、アクションするための方法論を手に入れた。かつてそうした方法がなかった時代には、ルールは決めたら全て一律に適用するしか手立てはなかった。しかし現在は、例えば高速道路や公共交通の料金を場所や時間で変えたりするダイナミックプライシングも普通に取り入れられるようになってきている。それはまさに、ETCやICカードで認証と支払い手段がデジタル化されたからだ。
あらゆる社会のルールをパーソナライズし、ダイナミック化することこそが今後の社会システムのベースになるだろう。例えば、住民税は自分の活動した場所に按分して自動的に分割で支払われる、といったダイナミック住民税もこれからは必要だろう。人々の行動がデジタルで把握され、シミュレーションできるのがデジタルツインの考え方だ。それはリスク管理にも適用できるだろう。
得体の知れないリスクに直面した時にまず設定するベースのルールは、なるべく大きいリスクを想定して設定した方がよいことは間違いない。リアルタイムで社会活動のデータを把握分析し、リスクの少ない人から徐々にルールを弱め、リスクの高い人はルールを厳しいままにすることで社会活動の制限も最小限にできるはずだ。このように、時間や場所や対象者に応じてルールをきめ細かく変動できるようにしていく社会を目指すべきだろう。ロックダウンのような一律にすべてを遮断するアナログな方法は、社会的なダメージが大きすぎるだけでなくその効果も不明である。
もちろんあらゆる場所で認証し、人によって行動が許可される・されないという状況が生まれるというと、監視社会をイメージすることにも繋がる。しかし実際に、未成年かどうか、免許の有無など、すでに我々の社会には法的に行動の許可が必要な活動は多数存在している。そして何よりも、我々の住んでいる日本は地震や台風と言った自然災害に必ず直面するリスク社会である。リスクをゼロにするという発想を捨て、ルールをダイナミックにし、行動変容を促して被害者を最小にする社会システムこそが新しいセーフティネットと呼ぶべきものかもしれない。
議論が拡大しているベーシックインカムも、処理の問題で一律の金額であることを想定されているが、ICTを使えばダイナミックに変えることもできるだろうし、食品の購入だけを定額で可能にするなどのモデルも考えられるかもしれない。
ダイナミックにルールを変えることが出来る社会は、全て一律を前提にした社会システムとは異なる新しい次元に到達できる可能性があるのだ。リスクを怖がらず、適切にデータを把握し、シミュレーションを行いリアルタイムでルールを変動させる。今後もFPRCでは、そんな未来の社会システムの可能性を模索し、提言する活動を行っていきたいと思う。引き続き皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしたい。
今回で「アフターコロナ時代のビジネス戦略」は最終回となります。5ヶ月間ありがとうございました。
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藤元健太郎
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