非日常と日常の境界が消える時代の旅行・観光ビジネス(第三回)

【特集】アフターコロナ時代のビジネス戦略 とは
D4DRでは、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行を経て社会がどのように変化するか、そして各業界がどのような戦略にシフトしていくべきなのかを考察した「アフターコロナ時代のビジネス戦略」を毎週連載しています。
連載一

アフターコロナ時代のビジネス戦略 -旅行・観光業界-

連載第三回からは、不可逆の変化を見据え、また未曾有の混乱が今後も起こる可能性を念頭に置いた場合に、どのようにビジネス戦略を見定めていくべきかを業界別に考察していく。今回は、一連の社会の動きの中で、おそらく最も打撃を受けている業界の一つである「旅行・観光業界」に注目する。

不可逆な変化の影響は避けられない

未知のウイルスの世界的な流行はインバウンドビジネスにも冷や水を浴びせた。日本政府観光局の発表によると、2020年2月の訪日外客数は前年同月比58.3%減、出国日本人数は14.2%減となっている。それに伴って経営破綻まで追い込まれた宿泊施設が既に出てきており、現時点ではそうでない関連事業者も、今まで通りのビジネスモデルだけではこうした非常時に大きな被害を免れないことが浮き彫りとなった。

コロナ禍の収束後、上記のような減った数字が戻ったとしても、生活者を取り巻く環境はそうはいかない。リモートを前提とした働き方やそれに伴った多拠点生活の増加、教室に集まらずともそれぞれの児童に応じた教育を提供できるシステム、デジタルとリアルを融合したエンタメのあり方、などがそれにあたる。旅行・観光に際してどのように計画・予約・実施・シェアするかといった場面でも、オンラインかオフラインかに関わらず、より細分化するニーズに答えられる柔軟さを備えたサービスがこれまで以上に支持を集めることになる。

このような非常時となる数年前から、従来の旅行代理店がインターネットの発達とExpedia、Airbnbなどのより安く柔軟なサービスの登場によって苦境に立たされている状況は続いている。昨秋報じられた、英国の大手旅行代理店の破産申請も記憶に新しい。そこへさらにマイナス要因が発生したかたちだが、この局面がそういったビジネスモデルが新しいものへシフトする際の加速装置になる可能性も大いに考えられる。

旅行・観光業における既存ビジネスの弱点

従来の旅行・観光の最大の価値は、非日常の体験にあった。しかし、ライフスタイルの多様化により多拠点生活やホテル暮らしといった選択肢も珍しくない昨今では、そういった非日常の体験と日常的な移動や宿泊の境目が曖昧になりつつあることは否めない。

今回の新型コロナウイルス流行の影響で旅行・観光業界が直面している問題は、突き詰めると長距離移動と混雑を回避するための非日常体験の自粛に起因している。しかしコロナ禍の収束後には、前述のような環境とライフスタイルの変化を受け、非日常の概念すら揺らぎかねない。そうなればますます非日常体験へのニーズに依存しないビジネスモデルを創出し、安定させることが必要となる。

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今後期待されるサービスの方向性

環境とライフスタイルの変化も多様だが、その一つとして旅をしながら仕事にも穴を開けないワーケーションの導入拡大は見据えるべきであろう。また地元の住人であっても、テレワークが浸透するにつれワークスペースの需要は増加する。宿泊施設であれば、通信回線を強化したり法人契約を視野に入れたりといった対策が考えられる。観光ビジネスにおいては、より気軽に、短時間でも楽しめるサービスが求められることになるだろう。

日常と非日常の境界を越えたサービスとして、既に実施されている例はある。例えば、イシン・ホテルズ・グループは運営するホテルでワークスペースや長期宿泊の特需を見込み、「the b マンスリーパスプログラム」(1泊3,000円(消費税込)の合計30泊を上限とした90,000円(消費税込)の「マンスリーパス30」と、ハーフ期間の合計15泊を上限とした50,000円(消費税込)の「マンスリーパス15」)の提供を開始した。(参照:プレスリリース)現時点では期間限定としているが、同様のサービスへの需要はパンデミックの収束後も増えると思われる。

すなわち旅行・観光関連業においては、この変化を機に日常という市場に参入し、これまでの非日常体験の場と日常の場の双方を、ダイナミックにバランスを調整しながら提供していく必要がある。

一方で雇用される側の問題も一斉に表面化した。今回の緊急事態で休業せざるを得なくなった事業者は旅行・観光業関連でも多いが、事業上の対策を行っても、従業員の担当領域によっては減収を免れないという事態は今後も起こりうる。しかし、そのような人材の活用に動いた例も出てきている。株式会社ガイアックスが出資する株式会社シェアグリは農業人材のシェアリング事業を手掛けているが、コロナ禍を受けて観光地での求人サイト「はたらくどっとこむ」を運営する株式会社ダイブとの業務提携を決めた。(参照:Gaiax社ブログ)観光業で働く若者の雇用機会を確保することと、同じく感染症拡大の影響で技能実習生の来日が困難となった農業生産者の人手不足を補うことが目的だ。モノ・コトを問わずここ数年のシェアリングサービスの拡大には目覚ましいものがあるが、働き方やライフスタイルが多様化することを考慮すると、このように人材の流動性を確保するインフラの構築は業界横断的に進めるべきだと言える。

日常と非日常の境界が消えていくという意味では、平常時と災害などの非常時との境界を取り払うフェーズフリーの考え方も浸透していくことになるであろう。コロナ禍においては感染者の行動経路を追跡することに注目が集まったが、減災や防犯の観点からも「いざというとき」に個人の行動記録を参照できるようにしておくことは有効であり、これからの旅行業界の使命といっても過言ではない。例えば旅行代理店などが情報銀行事業に参入し、有事に備えてそのようなデータを管理するという道もある。

被災したインバウンドが適切な案内を受けることができないことも、非常時対策の課題の一つだ。日本政府観光局や各自治体でもアプリなどを整備する動きはあるが、誰がどこにいてどのような案内を必要としているかという情報はここでも役に立つ。

以上を踏まえ、第一回「不可逆なアフターコロナ時代の視座”4つのY”」でご紹介した”4つのY”を引用して、考えられる方向性のアイデアをまとめた。

4つのYに基づいた旅行・観光業界のアイデアの例。
・Traceability
 …ID等の活用、個人行動記録の管理、有事のインバウンドへの対応環境整備
・Flexibility
 …個々のニーズに沿った柔軟なサービス、スペースの柔軟化、雇用の流動性を上げるインフラ構築
・Mixed reality
 …ARやVRを活用して観光などを楽しめるデジタルコンテンツ
・Diversity
 …プラットフォームの多様化、キャンプ場など資産の多様化

第二回「パンデミック後の近未来シナリオを考える 」の記事で述べていた通り、皮肉にも世界的なパンデミックという非常事態が平凡な日常の価値に気付かせる契機となった。日常を重視する価値観へのシフトは非日常をも日常に取り込む動きへと変わり、そのような時代には「非日常の豪奢な幸せ」以上に「日常の上質な幸せ」を提供していくことが重要となるのであろう。


次回は「アフターコロナ時代にリテールに求められるもの」をテーマとしたNext Retail Labフォーラムのオンラインイベントレポートをお届けします。更新は4/28(火)を予定しております。

※Next Retail Labフォーラムについてはこちら

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