「移民」300万人時代を迎える日本―新たなサービスの可能性はどこにある?―
日本に暮らす外国人の数は年々増加しており、出稼ぎや留学などのために一時的に滞在する人だけでなく、留学生が日本でそのまま就職したり、出稼ぎで長い期間日本で働く人も増えている。また、2019年4月の「特定技能」の在留資格の創設は在留外国人のさらなる増加のきっかけになるとして注目されている。
国際的には「1年以上外国で暮らす人」と定義される「移民」。在留外国人の増加によって、日本の移民向けサービス市場にはどのような可能性が開けるのだろうか。
日本に暮らす外国人はどれくらい増えている?
日本に暮らす外国人の数は、2018年末時点で270万人を超えており[1]、このまま増加すると近年中に全人口の約2.5%にあたる300万人を超えることは確実である。300万人というと、東京23区の人口の3分の1に当たり、英国のウェールズ地方の人口に匹敵する規模だ。
(出典:法務省「在留外国人統計」より作成)
国籍の地域別では、アジアが約273万人で、全体の83.4%を占めている。
(出典:法務省「在留外国人統計」より作成)
国籍別では、中国が約76万人で最も多く、韓国約45万人、ベトナム約33万人と続く。近年では、ベトナム国籍の人の増加率が特に高く、2012年末の約5万人から6.3倍以上に増えている。
(出典:法務省「在留外国人統計」より作成)
都道府県別では、東京都、大阪府、愛知県、神奈川県、埼玉県で数が多く、特に愛知県は2012年の約20万人から、2018年には約26万人へと約1.3倍に増加している。
(出典:法務省「在留外国人統計」より作成)
2018年の人口に占める外国人の割合では、東京都が2.9%で最も多く、愛知県が2.6%、三重県が2.4%、大阪府と岐阜県が2.3%と続く。
政府は今後、外国人労働者の受け入れを拡大する方針で、2019年4月には入管法の改正によって、就労のための新たな在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」が創設された。さらに、留学生の日本での就職を促進する施策も実施され、日本に中長期的に滞在する外国人の数は今後さらに増えていくと予想される。
新設在留資格「特定技能」
新設された特定技能の在留資格は、一定の専門性と技能を持つ外国人を、人手不足が深刻な業種において即戦力として受け入れるためのもので[2]、政府は2019年4月からの5年間で約34万人の外国人労働者を受け入れる方針である。
特定技能1号は、農業や漁業、製造業、介護、サービス業などの14の産業分野での就労が認められ、5年までの在留期間が設定されている。特定技能2号は、現場監督など熟練した技能を要する仕事に就くことができる在留資格で、建設・造船業での導入が検討中である。在留期間の更新回数に制限がなく長期滞在も可能で、条件を満たせば家族の帯同もできる。
(出典:厚生労働省「新たな在留資格『特定技能について』」[3])
留学生の就職の拡大
また、2019年5月には、法務省が在留資格に関する告示を改正し、大学を卒業した留学生の日本での就職の機会が拡大された[4]。これまで認められていなかった、飲食店や小売店でのサービス業務や製造業務に従事することが可能になり、留学後に日本で就職して長期的に滞在する外国人の数が増える見込みである。
外国人の子どもの増加
主に働くことを目的とした17種類の在留資格を持つ外国人の子どもや配偶者は、「家族滞在」の在留資格を取得できる。近年、この制度を利用して家族を日本に呼び寄せる外国人が急増しており、外国人の子どもの数が増えている[5]。今後も、中長期的な滞在者数の増加に伴って、日本に暮らす外国人の子どもの数も増加していくと考えられる。
「生活者」としての外国人マーケットの拡大
中長期的に日本に滞在する外国人の増加によって、拡大すると考えられるマーケットがある。日本に生活の拠点を置く外国人が生活の中で直面する問題を解決するためのサービスの市場である。
このような課題に対応するサービスは、すでに様々な分野で展開している。以下、分野別に既存のサービス事例を紹介し、それらをもとに新しいサービスの可能性を考えてみたい。
住宅
生活に必須な住まい。外国人が日本で住宅を確保しようとするとき、ハードルとなる点がいくつかある。例えば、日本では賃貸住宅を借りる際、保証人が必要となる場合が多いが、外国人は親戚や知り合いがいないため保証人を立てられず、部屋を借りるのに苦労する人も多いという。また、言語の違いによる貸主とのコミュニケーション不全や、日本の生活ルールを知らないことによる入居後のトラブルなども課題となっている[6]。このようなハードルを解消するのが、以下のような賃貸住宅サービスである。
- 外国人専門賃貸住宅保証事業(株式会社グローバルトラストネットワークス)
保証人不要、日本語レベル不問の賃貸住宅保証を行っている。貸主とのコミュニケーションのサポートや生活相談にも多言語で対応。
生活支援
外国人が日本で暮らすには在留資格が必要だが、その更新手続きには時間がかかる。また、携帯電話の契約などの生活に必要な手続きにもハードルがある。そうした課題に対応しているのが以下のようなサービスである。
- 在留資格の申請支援サービス(株式会社one visa)
外国人を雇用する法人向けサービスを実施。申請書類をワンクリックで作成でき、更新タイミングの管理、従業員からの問い合わせへの対応も行う。来日する外国人を対象に「海外人材来日・定住支援サービス」も提供している。
- 外国人専門携帯電話サービス事業(株式会社グローバルトラストネットワークス)
様々な在留資格の外国人が利用できる携帯電話サービス。口座やクレジットカードの有無を問わず、短期間の契約もできるため、日本の携帯会社で直接契約をするのが難しい外国人も利用できる。
日本語学習
日本語能力が不十分な場合、コミュニケーション上の支障が生じ、生活の様々な場面で問題が発生し得る。2018年度の調査[7]で、日本語学習者の数は約26万人に上り、2011年度の約12万8000人から7年間で倍増している状況である。一方、日本語教師数は2011年で約3万人、2018年は約4万2000人と3割の増加にとどまり、深刻な教師不足が問題となっている[8]。
(出典:文化庁「平成30年度 国内の日本語教育の概要」)
こうした課題に対して、以下のような、日本語学習者と主婦や高齢者を結ぶオンラインサービスがある。手ごろな価格で日本語で会話したいという学習者のニーズと、限られた時間で日本語学習者と交流したいというニーズを組み合わせたマッチングサービスである。
- JapaTalk(有限会社アジア・インターネット・サービス)
主婦が講師の約7割を占める、オンラインで日本語レッスンを行うサービス。講師登録に資格は必要なく、レッスン料金は講師が自由に設定できる。 - Sail(株式会社カヤック)
高齢者と外国人日本語学習者のマッチングサービス。スマホアプリでアカウントを作成し、会話をしたい日時を予約することで利用できる。
子どもの教育
公立学校に在籍する子どものうち、日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数は、2018年度は40485人[9]。近年増加傾向にある。しかし、実際に指導を受けているのは80%程度で、学校で指導を受けられていない子どもが多いのが現状である。また、高校進学を目指す場合、日本語の習得にとどまらず、学校で学ぶ教科の内容を習得することが必要となる。
(出典:文部科学省「『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度)』の結果について」)
日本語指導は自治体が主催して行っていることが多いが、教科学習まで視野に入れた以下のようなサービスの需要は大きいと考えられる。
- Study-J(株式会社グローバルラング)
日本の学校の勉強をSkypeを使って母語で個別指導するサービス。自治体が行う基本的な日本語指導を終えた後も、日本語指導や授業内容のサポートを受けることができる。
金融
家賃や公共料金の支払い、給与の受取、祖国の家族への送金。日常生活において、金融機関の口座を利用する場面は多い。しかし、金融機関の多言語対応は遅れており、外国人は口座開設や送金などをスムーズに行えない場合も多いのが現状である[10]。また、日本でローンを借りようとする際にもハードルがある。多くの金融機関はローンの契約の際に「永住者」の在留資格を持っていることを条件としており、永住者でなくても在留資格の期限を更新しながら日本に住み続ける外国人はローンを借りるのが困難な状況だ。
こうした状況に対し、在留外国人向けの金融商品を開発する動きがある。
- 「永住者」の資格を必要としない住宅ローンの提供(東京スター銀行)
- 外国人の生活支援サービス事業を行う株式会社グローバルトラストネットワークスと提携(新生銀行)
在留外国人のニーズに応じた商品・サービスの提供を目指す。2018年には留学生支援のための総額10億円のファンドを設立。日本での就労意欲が高い学生に対して、日本語学校の授業料の建て替えなどを行う。
また、海外送金の新しい仕組みも拡大し始めている[11]。現在の仕組みによる海外送金は、数日から一週間程度の所要時間や高額な手数料が負担となっているが、以下のような新しいシステムが普及すれば、そのような問題が解消すると期待されている。
- ブロックチェーンを利用した国際送金[12](Ripple)
サンフランシスコ発のフィンテック企業Rippleは、ブロックチェーンを利用した新たな海外送金システムを開発し、世界中から注目されている。日本では三菱UFJ銀行が海外の銀行と連携して導入を検討している。
留学生支援
留学生が学費や生活費を稼ごうとする場合、アルバイト先の選択肢がコンビニや居酒屋などに限られることが多いという。留学生向けのビザで可能になっている労働時間は週28時間。限られた時間で十分な金額を稼ぐことが難しい場合も多いのではないだろうか。
日本で就職活動をする場合にも、日本独特の就職活動の仕組みや、友人・知人から得られる情報量が少ないこと、留学生向けの求人情報が少ないことがハードルとなっているようだ[13]。
こうした状況に対し、留学生の強みを生かせる仕事を提供するサービスや、就職活動の支援に特化したサービスがある。
- 留学生向け大学生活・就職支援サービス(株式会社トモノカイ)
企業や自治体に留学生を人材として紹介するサービス。留学生の大学生活全般と就職活動のサポートも行っている。インバウンド市場に人材を提供すると同時に、留学生に自らの強みを生かせる仕事を提供している。 - 外国語学習のマッチングサービス(株式会社フラミンゴ)
外国語を教えて収入を得たい外国人と、外国語を学習したい日本人をマッチングし、カフェなどでレッスンを行うサービス。教室を設置するコストなどを削減し、講師の時給を3000~4000円に設定することで、外国人がより気軽に稼げる環境を作ろうとしている[14]。
- 留学生向け就活情報サイト「リュウカツ」(株式会社オリジネーター)
日本で就職したい留学生を対象に、外国人留学生を採用したい企業の情報を提供。コンサルタントによる就活アドバイスや、求人応募サポートも行っている。
新たなサービスの可能性
ここまで、外国人が日本で暮らすにあたって直面する課題に対応したサービスの事例を見てきた。上記以外にも様々な課題があることを示唆するのが、以下のような動きである。
入管法改正にあたり、政府は、外国人が日本の社会の一員として安心して生活できる環境の整備に向けて「受け入れ・共生のための総合的対応策[15]」を策定した。この文書では、「生活者としての外国人に対する支援」として様々な課題が提示されている。
(出典:法務省「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(概要)」)
山積する課題。公的機関が対応しきれないニーズに応じる形で、これまであまりサービスの対象となってこなかった領域へと広がったり、既存のサービス(オンライン学習、就職支援など)がさらに発展するのではないだろうか。また、5Gやロボティクス、AR/VR、機械翻訳などの最新テクノロジーを利用した移民向けサービスも登場すると考えられる。
例えば、子どもの教育に関しては、自治体や学校による対応は公立学校への就学支援や日本語指導にとどまっている。したがって、外国人向けサービスは以下のような分野に可能性があると考えられる。
- 子どもに関する保険・携帯電話サービスなど
- ロボットを活用した保育・学童保育サービス
- 母文化・母国の学校教育に対応した教育
- アバター(テレプレゼンス)ロボットを活用した教育
- 学校教育のオンデマンド化
「新移民時代」に向けて
人手不足を補う即戦力ともみなされる外国人労働者。人口減少に悩み外国人住民を増やしたいと考えている地域もあり[16]、都市だけでなく地方においても外国人の数が増えていくと予想される。しかし、地域単位でも課題は山積している。例えば、まちづくり。移民の増加によって、街のあるべき姿は大きく変化するだろう。街のあらゆる標識は多言語表記となり、宗教施設の建設や衛生管理ルール(ゴミ出しなど)の改定といった、異なる文化的背景を持った人同士が快適に過ごせる街づくり、サービス設計が求められるようになる。
移民と地域住民の共生のためには、すでにある枠にとらわれず、さまざまな対応策を講じていく必要がある。公的機関に頼らないサービスや、最新テクノロジーを利用したサービスの発展は、新しい時代に欠かせない動きの一つであると言えるだろう。